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午後三時、リプリーは市立病院を出て、スバルのWRX S4を走らせた。向かう先はチェインバーグの禁猟区だ。

車内はホコリだらけで、後部座席には三冊の週刊誌とボロボロの黒い雨傘が放り込まれている。ダッシュボードには熱で変形したCDが置かれていたが、今では雑音しか出ない。

恋愛を諦めてから、ずっと放置していたのだ。かつてはマイケル・マクドナルドの甘い音楽が流れていたというのに。

三十分ほど走ると、車は北東部へ向かう国道に差し掛かった。外には小麦畑が広がり、単調な風景が続いている。

リプリーはカーナビの画面に触れ、オーディオメニューを開いた。デフォルトの設定はウインドベルのサウンドスケープになっていたが、手動でラジオ局を選んでみることにした。古いポップミュージックが流れてきた。

「愛していたあなたは、今は寂しい墓の中~

雨の降る夜には、ゾンビとなって蘇る~

ああ、愛は蘇る~蘇るのはいいけれど~

抽象的くらいがいいの~

あんまりリアルだと何だか困るの~気持ち悪いし臭いから」

くだらない歌を聴いているうちに、リプリーは空腹を感じた。

チェインバーグは農村地帯が大部分を占めており、道沿いにはしゃれたレストランどころか、大衆食堂すら見当たらない。

彼は禁猟区へ行く道を少し遠回りして、やっと古めかしい盛り場を見つけた。

その付近には小規模の機械工場がいくつかあった。

町には酒場が多く、レストランは一軒しかなかった。

アルプス山脈から転がり落ちてきたような、山小屋風のレストランだ。

リプリーは駐車場にスバルを止めた。

白いGT-Rが目に入った。ナンバーは盗難されたものとは違ったが、年式は分からなかった。

ナンバープレートを睨んでいると、ナンバーフレームに溶接の焼き跡が見えた。

リプリーは舌打ちした。明らかに盗難車だった。

リプリーはGT-Rのタイヤの横腹を靴底で蹴飛ばし、レストランの玄関へ向かった。

店は街道から目隠しするように生け垣が張り巡らされていた。

「準備中なんですよ、お客さん」

大柄なコックが掃除機をかけていた。

店内でまず目についたのは、シェードに黒い油膜が張り付いたシャンデリアだった。

ベージュの絨毯が敷かれているが、所々ひどく汚れていた。

「何か食べられるものはないか」

リプリーはコックに尋ねた。

コックは返事をせず、掃除機を片付け始めた。

客は店の隅にある大きなテーブルにカードを並べていた。

全部で十人。黒人を囲んでポーカーをしていた。

ゴロツキどもの溜まり場か。

「五時まで食事は出せません。飲み物なら何でもできますが」

再び大柄なコックが現れて言った。コックは見事なヒトラー髭を生やしていた。

「飲み物も頼む。何でもいいから食べさせてくれ。この土地に来て二時間も店を探していたんだ。つれなくしないでくれ」

「しかし材料が足りないので、メニュー通りにはできませんよ、お客さん。シェフが市街地まで仕入れに行ってますが、帰ってくるのは四時過ぎなんです」

「メニュー通りに作らなくていい。多少手抜きでも構わない。金は払う。それと、ノンアルビールをくれないか」

「ノンアルビールはお持ちいたします」

「食べ物も作ってくれ。カレーライスでも何でもいい」

「カレーライスならできます」

「よし、作ってくれ」

コックは舌打ちして、厨房へ戻っていった。

窓際に水槽が置かれていた。三匹のエンゼルフィッシュが泳いでいた。

食べ物以外の魚を見るのは久しぶりだった。

カードの連中は、リプリーがそばに行っても誰一人気にかけない様子だった。

白熱灯の明かりの下で、痩せた黒人の手がせわしくカードをかき集めていた。

「何か用かい、おっさん」

リプリーとそれほど年齢の違わない長髪の男が振り返って尋ねた。

ダウンジャケットを羽織っていた。

「表にカッコイイ車が停まっているんでね。誰が乗っているのか興味があるんだ」

「ポルシェ 911 ターボ Sでも停まっていたのかい、おっさん」

「ニッサンGT-Rだよ」

「俺のだよ」

「君の名前を教えてくれないか」

男は一瞬いぶかるような目でリプリーを睨んだ。

「俺の名を聞いてどうするつもりだよ」

「ディックという名前なのか」

「なぜ俺の名を知っている」

「聞こえたんだよ、売ってくれないか」

「あのポンコツを?聞いたかよ、みんな」

男たちは笑いだした。どの男も爪が油で汚れていた。たぶん、この近くの工場従業員だろう。

黒人は手元から視線を外し、リプリーを斜めに見上げて言った。

「売れない理由でもあるのかい」

「あの車はやめたほうがいい。エンジンをボアアップしてあるんだ。分かるかい、ボアアップの意味が」

「走らないのかい」

「走るさ。煙をもうもうと吐きながらね」

「ポンコツなら仕方ない。地道に中古車店をあたってみるよ」

「それがいいよ、おっさん。安いポルシェを見かけたら教えてくれよ」

やはり盗難車で間違いなかった。

ダウンジャケットの男は、席に戻るリプリーに笑いながら言った。


男たちは再びカードを始めたが、猫背気味の痩せた男がリプリーをずっと見つめていた。

コックが現れ、リプリーの席へやってきた。

「カレーライスをお持ちしました」

「ありがとう。ノンアルは?」

「これから持って参ります」

この男の腕が悪いのか、それともカレーライスというものは元々芸のない食べ物だからか、どうにもぱっとしない代物が運ばれてきた。リプリーはため息をついた。

「何かご不満でも」

ご不満はあるが、言わないことにしている、とリプリーは心で呟いた。

言えば言うほど、俺の血圧は上がっていくんだ。

次にビールを持ってきた時、リプリーはコックを引き止めた。

「景気のいい連中だね」

リプリーはカードの男たちを指して言った。

「常連なんです。この近くの工場からやってきます」

「こんな辺ぴな場所で、いったい何を作っているんだ」

「エアコンのコンプレッサーとか、車のドアとか、大きな会社から仕事を分けてもらう」

「下請け企業」

「そうですね。彼らは車のドアを組み立てているらしいけど」

「工場の名前はわかるかい」

男は戸惑いながら、思い出しているような仕草をした。

リプリーはコックを張り倒したくなった。このダイコン役者が…。

「ちょっと思い出しませんね、お客さん」

「そうかい、なかなかうまいよ。君の作ってくれたカレーライス」

「ありがとうございます」

コックが引き上げた後、缶ビールを飲み干した。喉が凍てつくほど、よく冷えていた。

リプリーは先ほどから痩せ細った男が、こちらを見ているのが気になっていた。

窓辺の水槽を眺めながら、ガラスの反射を利用して、それとなく彼らを探ってみる。

ダウンジャケットの男の姿がない。

…お便所かな。逃げたな。

「おい、金はここに置くぞ」

コックが駆けつけたとき、リプリーは玄関へ姿を消していた。

テーブルには紙幣が二枚置いてある。

三口食べただけのカレーライスがテーブルに残っていた。

リプリーが駐車場に駆けつけたとき、GT-Rの排気音が聞こえた。

男はリプリーの姿に気づいていなかった。

警部補はWRX S4に飛び乗り、GT-Rの前にピッタリ止めた。

男はクラクションを鳴らした。

ダウンジャケットの男はドアを蹴り開けて、WRX S4まで歩いてきた。

「あんた、俺に何の用だ」

「そのセリフは前にも聞いたよ、ディック。残念ながら、あんたのGT-Rは盗難車なんだよ」

男は引きつった顔を見せたが、目をそらして言った。

「こいつは俺の車じゃねえ。フレッドのだ」

「フレッド?フレドリック・アーサーか」

ディックは激しく瞬きをした。

「その男は死んだはずだぞ、ディック」

男は苦しげに顔をしかめた。

「本当なんだ。やつが俺に譲ってくれたんだよ、お巡りさん」

「登録証を見せてみろ」

リプリーの言葉に、男は硬直した身体を重そうに動かした。彼はGT-Rの中から書類を出して、リプリーに渡した。確かに名義人はフレドリック・アーサーだった。

すでにリプリーの興味は盗難車から他に移っていた。

「ふむ、やはりこいつは盗難車だよ、ディック。この紙切れも偽造だ。もう少し腕のいい印刷屋だったら信用していいが」

リプリーは書類から目を上げ、男の顔を見た。

ディックは落ち着きがなかった。

リプリーは書類を返すふりをして、ディックに近づいた。

背後にさっきの仲間が来ているのだ。

警部補は振り返り、飛びかかってきた大男を内股で投げ飛ばした。

それは〇マを蹴り上げ、その勢いで相手を抱え込み、アンドロメダ星雲の果てまで敵を投げ飛ばすという、高度かつ華麗な技だった。

大男は路上に倒れ、荒い呼吸をしていたが、やがて口から白い泡を流し出した。

背後には鉄パイプを持った黒人の他、五人が首を揃えていた。

しかし、誰も前に出ようとしなかった。

「次は誰だい」

誰も向かってこなかった。リプリーはつまらなかった。

一人目の男にあんな大技を繰り出すから、後が続かなかった。

男たちは倒れている男の手足を担ぎ上げ、レストランの中へ引き上げた。

「車に乗れ。俺は警官だ」

リプリーは手帳を見せ、静かに言った。

ディックは肩を落とした。

「俺の車に乗るんだ。へたな真似はしないほうがいい」

リプリーは男をWRX S4に促した。ディックは生きた心地がしなかった。

 

つづく

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