20
滝壺から離れてすぐに、リプリーは戦懐が走った。
まだ巣穴を確認できなかったが、どこからか重い羽音が聞こえてくるのだ。
一匹の黒い鳥が森の中から飛んできた。
その鳥は、滝壺の向こう側へ姿を消した。
鳥ではなかった。
鳥のように錯覚しただけだ。
ただの鳥だったら、着地する際、減速するはずだ。
奴はしなかった。
クソ、向こう側にもいるのか。
リプリーは舌打ちした。
一端、川を渡って、向こう岸へ回らなければ、巣穴が確認出来ない。
滝壺から少し離れた、緩やかな流れの中を渡ってみた。
幸い、この川は膝下くらいの深さしかなかった。
川を渡り終えて、リプリーは再び崖を見上げた。
その中腹に、黒い生き物が五、六匹、認められた。
リプリーはようやく、事の真実が分かりかけてきた。
「あのハエの話は、以前聞いたことがある。こんな場所に移住していたのか」
リプリーは咳いた。
すでに恐怖感は薄らいでいた。
彼は注意深く、穴から離れた茂みに潜んだ。
確かにあのハエだ。
それにしても、彼が最初に見た時よりも、格段に成長していた。
今では、人身大に成長している。
あんなにデカイなりをして飛べるのだろうか、と疑問を持った。
その時、そのうちの一匹が飛び立った。
滞空するまでの時間がかなりかかった。
羽音はバサバサと鳥の翼みたいな音をたて、音がやがてうなりを生じるまでになった。
まるで軍用ヘリコプターが舞い上がるようなものだった。
リプリーは緊張した。
ハエっていうのは、普通に人間が「ここにはたかって欲しくない!」って思うところに、なぜかしら集まる不思議な生き物だ。
だから、牽制するだけ無駄だ、とリプリーは割り切ろうとした。
でも、どうしてもハエを大歓迎する気にはなれない。
ハエが飛び立つ間、そんなくだらない煩悶を繰り返した。
一匹が飛び立ち、二匹目が飛び立ち、やがて穴の中にいた大勢がそれに続いた。
それら羽音は、耳を覆わんばかりの凄じさだった。
リプリーはハエたちの挙動に注意を払った。
「こっちに来るんじゃねえ」
彼は小声で罵った。
幸いなことに、群れは川の下流の方向を目指して、飛んでいった。
他の場所からもハエの群れが飛び立った。
森のあちこちから飛び立ち、やがて合流した。
それは壮大な眺めだった。
リプリーは、恐る恐るそれを見守った。
俺の動きに感づいて、こっちにやってくるかもしれない。
それにしても、今日という日は、何て馬鹿げているんだ。
彼は今、真剣にオットーに同情していた。
つづく
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