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オットーとケンジは、研究所の事務室のデスクでコーヒーを飲んでいた。

オットーは毎年、年明けに研究所でコーヒーを飲むことにしている。今年はケンジがその相手だった。少し疲れた様子のオットーだったが、ジョークを連発していた。

ケンジはそんなオットーを見て、少し安心した。

二人がそれぞれしみじみと物思いに耽っているころ、電話が鳴った。

オットーがそれに出た。

「ああ、そうだね。でも、まだ仕事が片付いていないんだ」

オットーにしては珍しく、柔らかい声で話している。

電話を切ると、ケンジが尋ねた。

「誰からですか?」

オットーは少し戸惑いながら、北の方角を指した。

「あの看護師さんですか?」

「うん」

「彼女、いくつなんですか?」

オットーは右手で「4」、続いて両手で「8」を示した。四十八歳と言えばいいのに…。

ケンジはオットーの格好を見た。

オットーの持つコーヒーカップに、スヌーピーがタバコを吸っている絵柄が見えた。二人のカップにもスヌーピーのイラストが入っている。

この調子だと、この人はパンツから歯ブラシ、果てはトイレブラシまで、あの犬に占領されてしまうんじゃないかと、危惧してしまうケンジだった。

再婚するつもりかとは、ケンジもさすがに訊けなかった。

あのロマンスグレーの髪。知的で渋い顔立ち。性格もクールだ。

あまりにも、ニヤけた時のギャップが大きすぎる。

ケンジには、この二枚目の顔が崩れる様を直視できそうもなかった。


ウソだろ、オットーが再婚だなんて。

ケンジはオットーの顔をじっと見つめた。

リプリーも救いようがないけど、所長だって気の毒だ。あんな少女趣味の年増と結婚しなくても…。

ん、俺にとっては年増でも、オットーには、一回り下なんだよな。

ダンディの晩年は、意外とそんなものなのかもしれない。

「どうした、ケンジ。複雑な顔をして。頭痛か?」

「いや、別に。所長はもう身体の具合は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だとも。処方薬はもう飲んでいない。看護師からたくさんもらったが、もう必要ない」

「それは良かったけど…」

オットーはデスクの引き出しから、チェインバーグ市立病院の薬袋を取り出して、ケンジの手元に放った。

「あの看護師から怒られますよ」

「捨ててきていい」

「知りませんよ、そんなもの」

「飲まなきゃならんのか?」

あの看護師め、退院後も薬で管理しようとするなんて、やっぱり看護婦じゃなくて”監獄婦”だな。薬の押し売りのあとは、保険の営業も始めるんじゃないか。

ケンジは酒の酔いも手伝ってか、老人の恋を手放しで喜ぶ気にはなれなかった。

 

つづく

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