38
大バエは、チェインバーグ市街までやってきている。
商店街は全てシャッターを降ろしていた。
リプリーは繁華街を歩いていた。
時折、銃殺された大バエの死骸に出くわした。
大バエはマスメディアでは「ネクロバズ」という呼び名で報道されていた。
ネクロバズのおびただしい数の死骸は、路上に萎縮し、悪臭を放っていた。
機動隊が出動したが、手に負えない状況だった。
チェインバーグ市は、山火事の消火を終えた自衛隊に、再度出動要請をした。
アーケードを見上げると、二匹のネクロバズが戯れていた。
リプリーはホルスターから短銃
を取り出した。
頭上の化け物のうち、一匹に
狙いをつけて発砲した。
命中した。
しばらくもがいていたが、アーケードの切れ目から転落してきた。
路上に、褐色の粘液が飛び散っ
た。
もう一匹はどこかへ飛んでいった。
アーケードの通りから路地裏へ入り、薄汚れた二階建てアパートへたどりついた。
一階の左側のドアを叩いた。
返事がなかった。
鍵は掛かっていなかった。
部屋は薄暗かった。入ってすぐにキッチンがあり、その奥が居間になっていた。
居間に置かれたベッドには、紺色のブルゾンとジーンズが無造作に脱ぎ捨ててあった。
スマートフォンの充電ケーブルがコンセントから伸び、ベッドの上で絡まっていた。
リプリーは部屋を出た。右隣の部屋を呼び出した。
頭にカーラーを巻つけた若くない女性が顔を出した。
リプリーは率直にハーバートのことを尋ねた。
「ハーバート・ベインズさん?」
リプリーは頷いた。
「今朝、帰ってきていたみたいだけど、また出ていったわ。SNSの投稿を見たら、まだオンラインになってるみたいだけど」
「今朝、帰ってきたって」
「ええ」
「ハーバートは夜勤をするのかい」
女はしばらく考えて答えた。
「違うわ、昼間働いているのよ。何かあったの」
「いや、別に」
「今朝、大きな外車に乗って出て行ったわよ。私、怪しいと思って車のナンバーを撮影しておいたの。ハーバートは警察に捕まったの?」
リプリーはスマートフォンを取り出した。
「そのナンバー、見せてもらえるか」
女は自身のスマートフォンを操作し、朝方撮影した写真をリプリーに見せた。
リプリーは即座にカシワラ警部にメッセージを送信した。画像と共に状況を手短に説明した。
数秒後、着信音が鳴った。
「リプリーか、写真受け取った」
たどたどしい声が聞こえてきた。
「どうやら、パルチノンに拉致されたらしい。防犯カメラの映像と照合できるか」
「ああ、すぐにやらせる。GPSの履歴も確認する」
「あんたはまだ動けないのか」
「ああ、動くさ。俺の単独でいいんだろ」
「それで十分だ。パルチノンの連中は、あのハエについては逃げ場がない。ただ、山火事のことは否定するはずだ」
「だろうな」
「国定公園の監視員からの報告は、いつ受け取ったんだ」
「昨日だよ。ハエ騒動がなかったら、もみ消されるところだった」
「ハーバート・ベインズの人事ファイルを押えてくれ。タイム・カードもだ」
「令状もなしでか」
「頼む。うまくやってくれ」
「場所は?」
「工業団地のM地区だ」
リプリーは、女のアパートを出た。
アーケードの有料駐車場へ駆け戻った。
彼もパルチノン食品加工工場ヘスバルを走らせた。
捜査令状が翌日にパルチノンへ届けられ、ハーバート・ベインズの遺体が、一月二十日、チェインバーグ郊外の山中で発見された。
その日の午後、ネクロバズに腕を食いちぎられた男の子が死亡した。
まだ五歳になったばかりだった。
つづく
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