11

翌日は日勤だった。

昼食を済ませた僕は、いつものように屋上へ足を向けた。フェンスに身を預け、眼下に広がる住宅街を見下ろす。昨夜の出来事が頭から離れない。施設裏の公民館が、まるで秘密を抱えているかのように佇んでいる。

「やぁ」

軽やかな手の動きとともに、平石が現れた。僕は軽く会釈を返す。

特に話すこともなく、僕はスマートフォンを取り出した。双眼鏡アプリを起動し、公民館を注視する。平石が興味深そうに画面を覗き込んできた。

「双眼鏡アプリか。のぞき趣味とは知らなかったよ」

平石の手話には苦笑いが滲んでいる。

「のぞきじゃないよ」僕は顔の前で手を払い、否定した。「敵情視察さ」

平石の片眉が上がる。「敵情視察?何だ、それ」

「昨夜、あそこで変なものを見たんだ」

「変なもの?」

説明しようとした時、公民館に人影が現れた。

マスクを着けているが、がっちりとした体格から船橋だと分かる。胸にダンボール箱を抱え、キョロキョロと辺りを見回している。慌てた様子で駐車場の白いワゴン車に駆け寄り、後部座席に箱を放り込むと、また公民館へと戻っていく。

続いて別の男も現れた。同じようにマスクをして、ダンボールを運んでいる。見覚えのある青年だった――昨夜、建物の中で僕に手話で話しかけてきた男だ。

「どうした?」

平石が肩を軽く突いてくる。

「昨夜、あの建物に入ったんだ。中にはダンボール箱が山積みだった」

「だから?」

スマホから目を離さず、僕は片手で答えた。

「あの箱の中身は拳銃だったよ。おもちゃだとは思うが……何でだろうね」

平石の手が止まる。「けんじゅう」と指文字でゆっくりと復唱し、顔をしかめた。まさか、というように。

「また何であんな場所に行ったんだ?」

「昨夜、急に船橋さんが寮を出て行ったんで後をつけたんだ。理由は分からないが、挙動不審だと思って」僕は説明を続けた。「ドローンが寮に飛来するちょっと前のことさ」


平石も目を細めて公民館を見つめる。確かに船橋が慌てて建物と車の間を行き来している。しかし、すぐに目を逸らした。

「あれは奉仕活動だろ。あの人は慈善団体に所属してるって聞いたことがある」

余計な勘ぐりは止せ、と言いたげな表情だった。

「ほう、それで、あの幼稚なお荷物をどこの団体に運ぶつもりなんだ?」

平石は苦し紛れに首を振る。

「あの人はそんなに悪い人じゃないぞ」

教え諭すような手話だった。船橋を信頼しているのだろう。しかし、僕には闇雲に信頼できるほど、あの人に世話になった記憶がない。

公民館では段ボールの運搬が終わったらしく、白いワゴン車が急発進した。車は猛スピードで住宅地の細い路地を駆け抜けていく。

僕はスマートフォンを胸ポケットにしまい、両手を使って平石に向き合った。

「僕にお利口さんにしていて欲しいのかい?何か君に都合の悪いことをしているかい?」

平石は手話を読み取りながら舌打ちした。

「休憩時間はもう終わりだよ。またな」

怒ったような手話だった。

彼も船橋の行動の不審さに気づいているのかもしれない。障害者特有の嗅覚で、余計な関わりを避けているのかもしれない。

僕は平石の背中に向かって「またな」とサインを送った。

彼は振り向かなかった。

 

つづく

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