世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 13 監視網

サイレント・レジスタンス 13 監視網

第13話 監視網


 空に再び現れたドローンは、今度は五機だった。


 黒い機体が、公民館の上空を旋回している。


 その直後、通りの向こうから赤色灯が見えた。


 三台のパトカーが猛スピードで公民館へ向かってくる。僕にはサイレンも急ブレーキの音もほとんど聞こえない。ただ、赤い光を点滅させながら次々と駐車場へ滑り込んでいく車両を見ているだけだった。


 これで十三台。


 いや、もう正確な数は分からない。


 さらに異様な車両が現れた。


 カーキ色の装甲車だった。


 戦車を思わせる重厚な車体は、明らかに警察車両とは違う。


 装甲車のドアが開き、完全武装した隊員たちが次々と飛び降りてきた。自衛隊だ。


 隊員たちは銃器を手にして、公民館の周囲へ展開していく。


 パトカーの赤い光が、公民館や隣接する住宅の壁を染めていた。


 まるで映画でも見ているようだった。


 だが、これは現実だ。


 警官と自衛隊員の動きは、妙なほど統制が取れていた。指揮系統の違うはずの彼らが、まるで一つの部隊のように動いている。


 いったい、誰が指揮しているんだ?


 住宅地の人々が、窓や玄関から恐る恐る外を覗いている。


 僕も屋上から動けなかった。


 その時だった。


 警官と隊員たちが、公民館に隣接する住宅へ向きを変えた。


 何をするつもりなんだ?


 次の瞬間、家屋の壁が吹き飛んだ。


 僕には爆発音は聞こえなかった。


 ただ、壁の一部が突然崩れ、大量の煙と埃が噴き上がった。


 住民たちが慌てて外へ飛び出してくる。


 呆然と自分の家を振り返る者。家族の手を引いて逃げる者。警官に向かって何かを叫んでいる者。


 なぜだ?


 彼らは公民館にいた連中じゃない。


 ただの住民じゃないのか?


 ヘルメット、盾、警棒、プロテクターで武装した警官たちが隊列を組み、今度は周囲の住宅を取り囲み始めた。


 装甲車から勢いよく水が放たれる。


 ここまで来て、住民たちもようやく自分たちが攻撃されていることを理解したらしい。


 人々の表情が一変した。


 方々へ逃げ始める。


 いつの間に来たのか、ブルドーザーやショベルカーまで姿を現していた。


 重機が公民館へ向かう。


 ドアを破壊し、サッシ窓を押し潰し、壁を崩していく。


 やがて建物そのものが大きく傾いた。


 公民館が崩れていく。


 僕はただ屋上から、その光景を見ていた。


 住民たちは散り散りになって逃げていた。その中の何人かが、介護施設の軒下へ駆け込んでくる。


 まずい。


 こっちへ来る。


 警官たちも後を追っていた。


 僕はようやく我に返り、屋上から施設内へ戻った。


 階段を急いで下りる。


 一階まで来たところで、玄関に屈強な武装警官が三人いるのが見えた。


 そのうちの一人が僕に気づいた。


 何か言っている。


 だが、ヘルメットと装備に隠れて口元がよく見えない。


 僕は耳を指差した。


「すみません。僕、耳が聞こえないんです」


 警官は構わず何かを言い続ける。


「聞こえません」


 もう一度、耳を指差した。


 警官の表情が険しくなった。


 突然、胸元を掴まれた。


「ちょっと待ってください!」


 何を言われているのか分からない。


 僕は慌ててポケットからスマートフォンを取り出した。


 警官の一人が反応して、僕の手首を掴んだ。


「違う! これ、音声を文字にするだけです!」


 通じているのかどうか分からない。


 スマートフォンを取り上げられそうになりながら、僕は音声変換アプリを起動した。


 画面に文字が流れ始める。


 誤変換だらけだった。


 それでも、いくつかの単語は読み取れた。


  〈屋上〉


  〈見ていた〉


  〈お前〉


 屋上?


 僕のことか。


「僕が屋上にいたことですか?」


 警官が何か言った。


 画面を見る。


  〈ドローン〉


  〈カメラ〉


  〈映って〉


 ようやく意味が分かった。


「確かに僕は屋上にいました。休憩時間だったんで」


 警官は僕の胸元を指差し、また何か言った。


 画面に文字が流れる。


  〈ここ〉


  〈働いて〉


「ええ、ここで働いています」


 事務所から加田崎が顔を出した。


「彼は、最近入ったばかりなんです」


 警官は僕から視線を外し、加田崎と何か話し始めた。


 何を話しているのか、僕には分からない。


 加田崎の表情だけを見ていた。


 何度か頷いている。


 やがて警官がこちらを向いた。


 スマートフォンを僕の顔に向ける。


 何をするのかと思った瞬間、撮影された。


「ちょっと、何するんですか」


 警官は答えない。


 そのままトランシーバーを使って誰かとやりとりを始めた。


 しばらくして、こちらに向かって乱暴に手を振った。


 行け。


 たぶん、そういう意味だ。


 僕は加田崎を見た。


 彼は目を合わせなかった。


 警官三人はそのまま施設内へ入っていく。


 靴を脱ぐ様子もない。


 土足のままフロアを歩き、部屋の中を覗き込んでいる。


 何なんだ、こいつら。


 交番で道を尋ねた時に出てくるような警官とは、まるで違う。


 だが、文句を言ってわざわざ殴られる必要もない。


 僕はスマートフォンをポケットにしまった。


 そして回れ右して、老人たちのいる食事スペースへ向かった。

 

つづく

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