17
昨夜は雨が降らなかった——それだけが幸いだった。
壊れた寮舎の瓦礫をかき分けながら、僕は昨日拾ったパソコンの充電コードを探していた。
コンクリートの破片や歪んだ鉄骨が足元に散らばり、一歩踏み外せば怪我をしそうだった。
目を凝らし、慎重に瓦礫の山を踏み越えていく。
「確か、この辺りだったはずだが…」
様々なコードが散乱していて、どれが充電用なのか見分けるのに苦労した。
それでも何とか、コネクターの形状が合いそうなコードを三本見つけ出す。これで足りるだろう。
コードを束ねてズボンのポケットに押し込み、体を起こして背筋を伸ばした。
その時だった。
いつの間にか、僕は何人もの人影に取り囲まれていた。
まだここに来てから三十分も経っていないはずなのに。
聴覚に障害のある僕には、彼らの接近する音が聞こえなかった。健聴者なら、とっくに異常に気付いていただろう。
五人の警官が、無言で僕を見下ろしていた。
制帽を目深に被った顔の奥で、濁った瞳がじっと僕を見つめている。
上空にはドローンが一機、音もなく滞空していた。
僕は息を呑み、唾を飲み込んだ。警官たちの目には、なぜか殺意のようなものが宿っていた。
身動きが取れない。尋問されるのかと身構えたが、誰一人として口を開かない。
五人とも両手をだらりと垂らし、まるで生気を失ったような佇まいだった。
突然、甲高い女性の叫び声が響いた。
僕の補聴器でもはっきりと聞き取れるほど大きな声だった。声の方向は分からないが、警官たちは一斉にその方向へ歩き始めた。
寮から約三十メートル離れた場所。倒壊した住宅の門前で、若い女性が仰向けに倒れていた。
迷彩服を着た三人の自衛隊員が、彼女を押さえつけている。
叫んだのは彼女に違いない。
女性は地面に仰向けのまま両足をばたつかせ、必死に男たちを蹴り飛ばそうとしていた。
女性はパンデミックの感染者なのかもしれない。
警官たちがその場に着くと、僕を取り囲んだ時と同じように、女性の周りに円陣を組んだ。
自衛隊員の行為を止める気配は微塵もなかった。
女性は助けが来たと思ったのか、一瞬表情を和らげた。しかし、すぐにまた絶望的な叫び声を上げる。
警官の一人が女性の足を掴み、もう一人が腕を押さえつけた。
「あんたたち、その人を助けるんじゃないのか?」
思わず声を漏らしたが、彼らには届かなかった。
自衛隊員の一人が女性に馬乗りになり、両手で首を絞め始める。
「何をしてる。止めろ!!」
僕の叫びが響いた瞬間、女性に群がっていた男たちがピタリと動きを止めた。
まるで操り人形の糸が切れたように、一斉にこちらを振り返る。
彼らは女性への興味を完全に失ったかのように、獲物から手を離してゆっくりと立ち上がった。女性はぐったりと動かない。
生きていることを祈るしかなかった。
男たちが早足でこちらに向かってくる。明らかに、攻撃対象が僕に移ったのだ。

足元の瓦礫につまずきながら後退し、振り返ると男たちの接近速度が増していた。
僕は彼らに背を向け、全力で駆け出した。
倒壊した建物の間を縫うように疾走する。
時々振り返りながら、息を切らして走り続けた。
最初の一分間は無我夢中だった。
さらに五分ほど走ったところで、空腹と疲労で息が上がってしまった。
振り返っても、もう誰も追ってきていない。どうやら撒くことができたようだ。
走るのをやめ、しばらくあてもなく歩いた。
やがて見慣れた風景が目に入り、僕は自分がどこにいるかに気付いた。
いつの間にか、介護施設の近くまで戻ってきていたのだ。
つづく
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