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19

長い間、身体の震えが止まらなかった。

逃げ続けた末に辿り着いたのは、小さな公園だった。

時刻は14時10分を少し過ぎたところ。

晴れているのに、この公園には僕以外誰もいない。

滑り台とブランコ、そしてトかイレだけがあるだけだった。

初めて訪れる場所だった。

介護施設の周辺で起こった武力行使が、実は広範囲にわたっていることが分かってきた。

施設から5ブロックほど走ってきたが、破壊された建物が続く景色はその後も延々と広がっていた。

ようやく普通の街並みに辿り着いた時には、疲労は限界まで達していた。

僕は公園のベンチに腰を下ろした。

ここへ来るまでに、狂った警察官や自衛隊員、施設を襲った救急隊員や解体作業員など、要注意人物を何度も目撃した。

そのたびに、僕は野良犬のように逃げ出した。

彼らが僕を追いかけることはなかったが、声を出さなかったからだ。

奴らが悲鳴に反応して襲いかかってくることは、確かなようだ。

リュックサックからスマホを取り出し、YouTube動画を見ることにした。

スマホには、平石から「無事ですか? 連絡ください」というメッセージが8通入っていた。

今はとてもじゃないが、詳しい説明など出来そうにない。

「無事です。また連絡します」とメッセージを返しておいた。

YouTubeを開き、「警察、自衛隊、暴力」と検索してみた。

あの蛮行はネットでは既に周知されているらしく、膨大な数の動画がアップされていた。

住宅の倒壊、警察官による一般市民へのリンチ行為、血生臭い現場映像なども見かけた。

もっとも、すぐに削除されてしまうだろう。

画面をスクロールしていくと、見覚えのある画像が映ったサムネイルを見つけた。

乱雑な急造のスタジオセット。女性キャスターによる手話。間違いない。これだ。

チャンネル登録し、動画を再生した。

〈これは異星人による侵略行為です。警察官、軍人など武力を行使できる組織を重点的にウイルス感染させ、一般市民を捕食しようとしています。ウイルスに感染した個体は、音、特に人間の声に反応します。決して声を出さないでください〉

やはり声だ。声を出しちゃいけない。

急に身体のふらつきと空腹感を覚えた。

ここに来る少し前に、コンビニがあったな。

車も停まってたし、店内に人がいたような気もする。あそこなら、まだ大丈夫だろう。

行ってみるか。駄目なら、また逃げるしかないが。

公園を出て、元来た通りを歩いた。

犬を散歩させている老人を見かけた。

この地区は制圧の手が伸びていないらしく、家屋はもちろん、店舗や施設も綺麗なままだった。

重機や装甲車も見当たらない。

当たり前の平和な街並みが続いていた。

商店街らしき通りに入ると、人とすれ違うことも多くなった。

注意深く彼らを観察したが、何も違和感がない。

目当てのコンビニには5分ほどで到着した。

店内には三人の客がいて、二人の店員の姿が確認出来た。

ホットドッグとアンパンと紙パックのカフェラテをカゴに入れ、レジへ向かった。

レジには若いひょろっとした青年が無言で立っていた。

レジにカゴを置くと、青年は中の物をスキャンした。

僕は「袋もください」と言った。

青年は怪訝な顔をして、首を傾げた。

レジの一角に「耳の聴こえない店員が対応しています。ゆっくりとお話しになるか、筆談でお願いします」と書かれたプレートがあった。

ああ、そうか。〈袋、必要〉と手話した。

青年はニッコリ笑って、品物を袋に入れてくれた。

レジを済ませると、ブックコーナーに行き、そこから店内の様子を伺った。

店にいた客はレジに向かうと、手話でレジ係と会話していた。

ろう者が多く利用する店なのだろうか。単なる買い物のやり取りにしては、手話だし、それも長い会話だ。

僕はレジに近づき、彼らの会話内容を探ろうとした。

その時、足裏に重い振動を感じた。

同時に、店の外を何かが横切った。

それを見て背筋が凍り付いた。

コンビニの通りを黄色い重機が、二台連なりながら走っていった。

おまけにパトカーも重機を追従していった。

店内が慌ただしくなった。

レジの若い男が店内にいた客に、何かを速い手の動きで伝えている。

〈奴らがやってきた〉という手話が読み取れた。

路上を数人の警官が走っていくのが見えた。

二人の警官がくるりと向きを変え、コンビニ店内に入ってきた。

既に腰から警棒を引き抜いており、警ら中とは明らかに違う。

おいおい、いきなり暴力かよ。

それにしても、何で威嚇されてるのか、さっぱりわからない。

警官らの顔を見ると、目が強く充血し、真っ赤になっていた。

口角から涎まで流している。

尋常ではない。まるで狂犬だ。

店内にいたろう者五人は、意外にも冷静だった。

手慣れた感じで、一定の距離を取り、二人の警官を取り囲んだ。

彼らはそれぞれ手にプラスチックの銃を持っていた。

青と白のプラスチック拳銃だ。

なぜか店員だけじゃなく、客も加勢していた。

レジ係が銃を構え、手前にいる警官に向かって引き金を引いた。

銃は白く淡く発光したかと思うと、警官が急に前のめりになり、床に転倒した。

間を置かず、客の一人も引き金を引き、もう一人の警官を倒した。

五人は銃を仕舞いながら、側にいた僕を一瞥し言った。

〈大丈夫だ。気を失っているだけだよ〉

銃で仕留められた二人は、うつ伏せに倒れたまま動かなかった。が、まだ呼吸はしているようだ。

レジにいた青年が僕に手招きした。手招いた手が手話を始めた。

〈店を閉めるよ。君も出るんだ〉

五人がかりで警官二人を外に引きずり出し、路肩に転がすと、コンビニのシャッターが降ろされた。

〈君も早くこの地区を出たほうがいい〉青年は手話で言った。

店の外では、昨日あの街で行われた破壊行為が展開していた。

道路では自衛官が老人に馬乗りになり首を締め上げている。

レジの青年は自衛官に近寄り、至近距離から頭を狙って銃を発射した。

自衛官は気を失い、老人に覆いかぶさった。

青年は自衛官の身体を蹴ってひっくり返し、老人を助け出した。

老人は大きく息をしながら、路傍の小路に逃げて行った。

生命に別状はなさそうだった。

僕はなるべくコンビニにいた人たちからはぐれないように移動した。

しかしやがてそれも難しくなってきた。

彼らは同じ方向に向かっていなかったからだ。

それぞれが散り散りとなり、気が付くと、僕は彼らの行方を完全に見失ってしまっていた。

無理もない。僕の護衛なんか引き受けてないんだし。

一人になって、元いた公園に戻ってみたが、わずか一時間の間に景色は一変していた。

壊れた壁や崩れ落ちた屋根、粉々になった窓ガラス。

住宅地はショベルカーやブルドーザーによって破壊され、まるで戦時の焼け跡のようになっていた。

人々の日常は踏みにじられ廃墟と化していた。

さらにまずいことが起きていた。

気づかぬうちに、僕は自衛官や警察官に囲まれていたのだ。

二人の自衛官と二人の警察官だ。

僕の声が引き寄せたらしい。

僕は独り言をつぶやく癖がある。この時もブツブツと文句を言いながらコンビニにいた五人を探し回っていた。

彼らがろう者だということも忘れて、大声で呼びかけることも何度かあった。

僕は敵に囲まれて、驚きと恐怖で身がすくんだ。

クソッ、僕は何も出来んぞ。

とっさに背中のリュックサックを降ろして胸の前で構えた。

盾のつもりだった。

中腰になり、彼らを刺激しないようにすり抜けようとした。

警官の手が僕の肩に伸びた。

さらに低くしゃがみ込み、その手を払いのけ、一目散に駆け出した。


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振り返るな。

彼らが後を追ってきているのは間違いない。

逃げ足には自信があったが、空きっ腹じゃこれ以上加速出来そうもない。

僕はまだリュックの中のコンビニのパンにありつけていなかった。

その時、銃の存在を思い出した。

あの銃、僕は今、持っているんだ。

僕は走りながら、リュックのファスナーを開けて右手を突っ込んだ。

ホットドッグとアンパンの柔らかい感触の底に、微かな硬さを探り当て、おもむろに掴み出した。

ブルーとホワイトの銃だ。

しかしここで振り返って撃つのはマズい。

このオモチャが使えるかどうか、分からないのだ。充電もしてないし。

銃のグリップを握って、軽くトリガーを引いてみた。

すると銃は白い光をボディーにまとい輝き始めた。コンビニの時と同じだ。

僕は意を決した。

走るのを止めて後ろを振り返った。

やつらはすぐそこまで追ってきていた。

銃を一番近い警察官に向けて、両手で構えて引き金を引くと、銃から閃光がほとばしった。

銃口から何か発射された反動は、ほとんど感じなかった。

しかし、目前の警官は何かに射貫かれたように胸を押さえ、仰向けに倒れた。

コンビニでの一幕がフラッシュバックした。

続けて銃を構え、二番手に狙いを定めようとした。

しかし目の前には誰もいなかった。

慌てて周囲を見回すと、ちょうど身体の真横から誰かが体当たりしてきた。

飛びかかってきたのは、警官だった。

覚悟を決めるしかなかった。

応戦しなければ、殺される。

警官は大声で奇声を張り上げ、僕に迫ってきた。

「その銃はどこで手に入れたんだ?」と警官は、僕が突き付けている銃を指差して訊ねた。

生臭い吐息が漂ってきた。

「誕生祝いにバアちゃんにもらったんだよ」と僕は冷静さを装いながら、警官に答えた。素人の強がりだ。

警官の目も自衛官の目も、ウサギの目みたいに真っ赤だった。

「公務員も大変だな。変な病気の駆除までやらされて」と僕はあざけるように言った。

彼らの表情から苛立ちが感じられた。

警官が顎をしゃくりながら言った。

「その銃を寄こすんだ。さもなくばお前を殺す」

その時、上空にドローンが一機、飛んでいた。

毎度おなじみの黒い機体だ。

まるでやつらの応援に駆けるかのように、毎回毎回やって来やがる。

「『さもなくば』なんて社交辞令は止めなよ。銃を取り上げて、その後丸腰の市民をしっかり殺すんだろ」と僕はその警官に言った。

赤い目が吊り上がり、中腰でこちらへ向かってくる。

いかん、怒らせたか?

またタックルするつもりか?

僕は目の前に立ちはだかる三人に向かって言った。

「お仲間がさぁ、蝉の抜け殻みたいにすっ転がってるけど、心配しないわけ?」

二人の自衛官はいきり立った。小柄な方がたどたどしく言った。

「お前もあんな風にしてやるぜ」

最近の日本の自衛官は気品とウイットに富んでいる。

嘆かわしさがピークに達し、僕は深いため息をついた。

「いったい、何があったんだよ、あんたたち。まるで真逆のことをやってるぜ」

すると小柄な警官が詰め寄ってきた。「こんな無駄な話をしている場合じゃない。おとなしくしな」

僕は警官の右手が、ホルスターに差した拳銃を抜こうとしているのを見逃さなかった。

警官は中腰になった。僕に狙いをつけるつもりだ。

僕は警官に向け、無造作にトイガンのトリガーを引いた。

銃は発光し、警官はもんどりうって倒れた。

大柄な自衛官が僕の顔面を狙い、パンチを繰り出してきた。

僕はボディに狙いをつけトリガーを引いた。

全身が硬直したように静止したが、倒れはしなかった。

さらにトリガーを引くと、やっと膝を折り、路面に倒れ込んだ。

最後に残った自衛官は、倒れた警官のホルスターから拳銃を奪い、銃の固定紐を外そうとしていた。

先手必勝だ。銃を構えるまで待つことはない。

僕は彼の丸まった背中に向け発砲した。

自衛官はうつ伏せに倒れ、胸を手で押さえながら、しばらく路上で苦しんでいた。

やがて男は静かになった。

呼吸は止まっていない。気を失ったのだろう。

僕は彼らを見下ろしながら考えた。

こいつらは正気なのか?

…ゾンビのように訳もなく襲い掛かってくるのか…

僕は倒れた警官のところまで歩き、顔を覗き込んだ。

眠っているように見える。

身体のどこにも出血の跡はない。

僕は自分の手の中にある、ブルーとホワイトのトイガンをしげしげと眺めた。

一体、どんな原理なんだ?衝撃波か、電気か、実弾は出てなかったと思うが。

スプレー缶を噴出する感じで、自分の手に銃を向けたが、さすがに思いとどまった。

手が無くなっちまう。

ああ、そうだ。僕は空を見上げた。

アレを撃っちまおう。

僕はドローンに狙いを定めた。

あいつの役目ははっきりしないが、恐らくこいつらを監視してるんだと思う。

ドローンは五メートル上空でホバリングしていた。

静止したまま全然動かない。不気味ではあるが、鳥なんかよりずっと撃ち取りやすい。

トリガーを引くと、銃が発光し、ドローンが少し揺れた。

音が聴こえないので、命中したのか、外れたのか分からない。

しかし次の瞬間、機体が大きく傾き、落下していった。

落下の途中で爆発し、路面で粉微塵になった。

これでこの銃はドローンにも有効だと分かった。

その場から離れようとすると、背後に倒れていた大柄の警官が、目を開けているのに気付いた。

僕は前のめりになり、警官の顔を覗き込みながら、拳銃を突き付けた。

警官はまだ意識がもうろうとしている様子だった。

仰向けのまま、ぼんやりとこちらを見ていた。

彼は口ごもりながら言った。

「殺すつもりなら、早くやれよ」

僕は答えた。「いや、殺さない」

警官はかすれた声で言った。

「殺さないと後悔するぞ。お前が善人かどうかなんて関係ない。俺たちは殺すことしか出来ないんだ。早くしないと…えらいことになるぞ」

警官の唇がワナワナと震え、両眼は今にも血液が溢れそうに深紅に染まっていた。

彼はヨロヨロと身体を起こした。

腕や下肢の筋肉が隆々としていて、数分前とは明らかに体格が変わっていた。

彼の呼気は異常に生臭く、僕はたまらず後退りし、そこでまた銃を構えた。

「ウォオオオオオ」

警官の口から漏れたその声は、もはや人間のものではなかった。

男は僕の肩口に掴みかかり、僕を押し倒そうとした。

物凄い力だった。男の手は異様に熱い。

「オレはお前を食う」

男はわめきながら、牙をむいた。

真っ赤な歯列が襲いかかってくる。

僕は男の胸板めがけて、トリガーを引いた。

銃が発光し、男は脱力し、僕の肩口から手が離れた。

男は骨を抜かれたように身体を折り曲げ、そして倒れた。

僕は詰めていた息を吐き出した。

男は息絶えていた。

化け物とはいえ、僕は警官を殺してしまったことになる。

やつらを仕留めることは、この銃で可能だと分かった。

しかし、仕留めたとしても、蘇生してまた襲い掛かってくると、余計に厄介な本性を顕してくる。

あとの三人が息を吹き返す前に姿をくらました方が賢明だ。

やつらの仲間も、つまりさらなる追っ手も必ずやってくるはずだ。

僕は、自分がやってきた方向とは逆に進路を取り、夕暮れだか曇天だか分からない、薄暗いアスファルトの路上をひたすら走った。

遠くに街の明かりが見えた。

そこまで行けば、安全な場所が見つかるかもしれない。

警官たちの異常な行動の理由を知る手がかりは、まだ何もない。

果たして、この銃がもたらす力は何なのか。

そして、この街には何が起きているのか。

その答えを見つけるために、僕はひたすら走った。

つづく



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