息が切れて、僕は立ち止まった。
右手にはまだ青と白のプラスチック製の銃を握っている。
慌ててリュックサックにしまい込んだ。
胸騒ぎは収まらなかったが、これ以上走り続けることはできない。
リュックを背負い直し、何事もなかったような顔をして通りを歩き始めた。
周囲の人々が、皆僕をじろじろと見ているような気がする。
気のせいだろう。
そう思いたかった。
大通りでは、赤色灯を点滅させたパトカーが猛スピードで駆け抜けていった。
僕は街路沿いにあった大きな建物へ入った。
建物の中は明るく、外の騒ぎが嘘のように穏やかだった。
広いホールに長いカウンターが並び、五十人ほどの人々が行き交っている。
市役所だった。
僕はロビーのソファに腰を下ろした。
もう限界だった。
リュックからさっきコンビニで買ったパンを取り出し、ようやく口にする。
ホットドッグをほとんど噛まずに飲み込み、カフェラテを流し込んだ。
生き返る。
そんな気がした。
その時、床が大きく揺れた。
何が起きたのか分からなかった。
周囲の人々が一斉に振り返る。
僕もその視線を追った。
パトカーが窓ガラスを突き破り、市役所のホールに突っ込んでいた。
割れたガラスが床一面に散らばっている。
パトカーのドアが開き、二人の警官が降りてきた。
続いて、割れた窓から迷彩服姿の自衛官たちが次々と入ってくる。
「またか」
思わず舌打ちした。
二人の警官が真っ直ぐ僕の方へ向かってきた。
どうして僕だ。
警官の一人が何か言っている。
聞き取れない。
「耳が悪いんだ。もっとはっきり喋ってくれ」
警官がさらに近づいてきた。
今度は口元が読めた。
「公園から逃げたのは、お前だな」
僕はソファに座ったまま警官を見上げた。
「何のことだい?」
「とぼけるな」
警官の手が腰のホルスターへ伸びた。
まずい。
僕もリュックに手を伸ばした。
「動くな」
警官が何か叫んだ。
その声はよく聞こえなかったが、言いたいことくらい分かる。
僕はリュックのファスナーを開け、青と白の銃を掴んだ。
警官が拳銃を抜こうとする。
僕は先にトイガンを引き抜き、夢中でトリガーを引いた。
白い閃光が走った。
警官の身体が「く」の字に折れ、そのまま床に倒れ込んだ。
もう一人の警官が呆気に取られたように同僚を見る。
僕はその警官にも銃を向けた。
再び白い光が走る。
警官は膝から崩れ落ちた。
硝煙はない。
出血もない。
それでも二人は動かなくなった。
市役所の利用者たちが一斉に逃げ始めた。
前方を見る。
小銃を構えた自衛官たちがこちらへ向かってくる。
冗談じゃない。
僕はソファから飛び出した。
背後の壁が弾けた。
壁の破片が飛び散る。
撃ってきやがった。
僕は頭を低くして走った。
利用者たちの悲鳴が微かに聞こえる。
このまま人混みの中に逃げ込めば、他の人まで巻き添えになる。
反対側にトイレが見えた。
あそこだ。
途中に、習字やクレヨン画を飾った大きな掲示板があった。
僕はその陰に飛び込んだ。
次の瞬間、掲示板の表面が次々と弾けた。
子どもたちの絵や習字が破れ、紙片が宙を舞う。
「あーぁ、子どもたちの力作が」
言ってる場合じゃない。
掲示板を離れ、一気にトイレへ駆け込んだ。
壁の角に身を隠す。
壁面の欠片がパラパラと床に落ちてきた。
息が苦しい。
足も動かない。
今日はどれだけ走ったんだ。
もう勘弁してくれ。
やがて射撃が止まった。
静かになった、ような気がする。
僕の耳ではよく分からない。
そっと顔を出そうとして、やめた。
床に人影が映っている。
一人じゃない。
何人もいる。
こっちへ近づいてくる。
逃げ道はない。
僕は青と白の銃を握りしめた。
コンビニでは、ろう者たちがこれを使って警官を倒した。
僕もさっき、これで生き延びた。
でも、だからといって銃撃戦なんてできるわけがない。
影が近づいてくる。
もうすぐそこだ。
このまま待っていても見つかる。
やるしかない。
僕はトイレから飛び出した。
目の前に自衛官がいた。
反射的にトリガーを引く。
白い閃光。
一人が倒れた。
その隣にいた男にも銃を向ける。
もう一度。
さらにもう一度。
狙っている余裕なんかなかった。
ただ夢中でトリガーを引いた。
自衛官たちが次々と床に倒れていく。
気がつくと、立っている者はいなかった。
僕自身が一番驚いていた。
何なんだ、この銃は。
ホールへ戻る。
利用者や職員たちは、凍りついたような表情で僕を見ていた。
そりゃそうだ。
青と白の玩具みたいな銃を持った男が、自衛官を何人も倒したのだ。
僕だって、反対の立場なら近づきたくない。
銃をリュックにしまった。
倒れている警官と自衛官を見る。
出血している者はいない。
しかし、安心はできない。
さっきの警官だって、一度倒れたあとに起き上がり、化け物みたいになって襲ってきたのだ。
ここに長居するのは危険だ。
僕は市役所の扉を押し開け、外へ出た。
何が彼らをこうしているのか。
なぜ僕を追ってくるのか。
あのドローンは何なのか。
そして、この青と白の銃はいったい何なのか。
何一つ分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
ここにいれば、また奴らが来る。
僕は歩き始めた。
もう走る力さえ残っていなかった。
でも、どこへ行けばいい?
誰か答えを教えてくれ。
つづく
恍惚の人

