世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 20 市役所襲撃

サイレント・レジスタンス 20 市役所襲撃

第20話 市役所襲撃


 息が切れて、僕は立ち止まった。


 右手にはまだ青と白のプラスチック製の銃を握っている。


 慌ててリュックサックにしまい込んだ。


 胸騒ぎは収まらなかったが、これ以上走り続けることはできない。


 リュックを背負い直し、何事もなかったような顔をして通りを歩き始めた。


 周囲の人々が、皆僕をじろじろと見ているような気がする。


 気のせいだろう。


 そう思いたかった。


 大通りでは、赤色灯を点滅させたパトカーが猛スピードで駆け抜けていった。


 僕は街路沿いにあった大きな建物へ入った。


 建物の中は明るく、外の騒ぎが嘘のように穏やかだった。


 広いホールに長いカウンターが並び、五十人ほどの人々が行き交っている。


 市役所だった。


 僕はロビーのソファに腰を下ろした。


 もう限界だった。


 リュックからさっきコンビニで買ったパンを取り出し、ようやく口にする。


 ホットドッグをほとんど噛まずに飲み込み、カフェラテを流し込んだ。


 生き返る。


 そんな気がした。


 その時、床が大きく揺れた。


 何が起きたのか分からなかった。


 周囲の人々が一斉に振り返る。


 僕もその視線を追った。


 パトカーが窓ガラスを突き破り、市役所のホールに突っ込んでいた。


 割れたガラスが床一面に散らばっている。


 パトカーのドアが開き、二人の警官が降りてきた。


 続いて、割れた窓から迷彩服姿の自衛官たちが次々と入ってくる。


「またか」


 思わず舌打ちした。


 二人の警官が真っ直ぐ僕の方へ向かってきた。


 どうして僕だ。


 警官の一人が何か言っている。


 聞き取れない。


「耳が悪いんだ。もっとはっきり喋ってくれ」


 警官がさらに近づいてきた。


 今度は口元が読めた。


「公園から逃げたのは、お前だな」


 僕はソファに座ったまま警官を見上げた。


「何のことだい?」


「とぼけるな」


 警官の手が腰のホルスターへ伸びた。


 まずい。


 僕もリュックに手を伸ばした。


「動くな」


 警官が何か叫んだ。


 その声はよく聞こえなかったが、言いたいことくらい分かる。


 僕はリュックのファスナーを開け、青と白の銃を掴んだ。


 警官が拳銃を抜こうとする。


 僕は先にトイガンを引き抜き、夢中でトリガーを引いた。


 白い閃光が走った。


 警官の身体が「く」の字に折れ、そのまま床に倒れ込んだ。


 もう一人の警官が呆気に取られたように同僚を見る。


 僕はその警官にも銃を向けた。


 再び白い光が走る。


 警官は膝から崩れ落ちた。


 硝煙はない。


 出血もない。


 それでも二人は動かなくなった。


 市役所の利用者たちが一斉に逃げ始めた。


 前方を見る。


 小銃を構えた自衛官たちがこちらへ向かってくる。


 冗談じゃない。


 僕はソファから飛び出した。


 背後の壁が弾けた。


 壁の破片が飛び散る。


 撃ってきやがった。


 僕は頭を低くして走った。


 利用者たちの悲鳴が微かに聞こえる。


 このまま人混みの中に逃げ込めば、他の人まで巻き添えになる。


 反対側にトイレが見えた。


 あそこだ。


 途中に、習字やクレヨン画を飾った大きな掲示板があった。


 僕はその陰に飛び込んだ。


 次の瞬間、掲示板の表面が次々と弾けた。


 子どもたちの絵や習字が破れ、紙片が宙を舞う。


「あーぁ、子どもたちの力作が」


 言ってる場合じゃない。


 掲示板を離れ、一気にトイレへ駆け込んだ。


 壁の角に身を隠す。


 壁面の欠片がパラパラと床に落ちてきた。


 息が苦しい。


 足も動かない。


 今日はどれだけ走ったんだ。


 もう勘弁してくれ。


 やがて射撃が止まった。


 静かになった、ような気がする。


 僕の耳ではよく分からない。


 そっと顔を出そうとして、やめた。


 床に人影が映っている。


 一人じゃない。


 何人もいる。


 こっちへ近づいてくる。


 逃げ道はない。


 僕は青と白の銃を握りしめた。


 コンビニでは、ろう者たちがこれを使って警官を倒した。


 僕もさっき、これで生き延びた。


 でも、だからといって銃撃戦なんてできるわけがない。


 影が近づいてくる。


 もうすぐそこだ。


 このまま待っていても見つかる。


 やるしかない。


 僕はトイレから飛び出した。


 目の前に自衛官がいた。


 反射的にトリガーを引く。


 白い閃光。


 一人が倒れた。


 その隣にいた男にも銃を向ける。


 もう一度。


 さらにもう一度。


 狙っている余裕なんかなかった。


 ただ夢中でトリガーを引いた。


 自衛官たちが次々と床に倒れていく。


 気がつくと、立っている者はいなかった。


 僕自身が一番驚いていた。


 何なんだ、この銃は。


 ホールへ戻る。


 利用者や職員たちは、凍りついたような表情で僕を見ていた。


 そりゃそうだ。


 青と白の玩具みたいな銃を持った男が、自衛官を何人も倒したのだ。


 僕だって、反対の立場なら近づきたくない。


 銃をリュックにしまった。


 倒れている警官と自衛官を見る。


 出血している者はいない。


 しかし、安心はできない。


 さっきの警官だって、一度倒れたあとに起き上がり、化け物みたいになって襲ってきたのだ。


 ここに長居するのは危険だ。


 僕は市役所の扉を押し開け、外へ出た。


 何が彼らをこうしているのか。


 なぜ僕を追ってくるのか。


 あのドローンは何なのか。


 そして、この青と白の銃はいったい何なのか。


 何一つ分からない。


 ただ一つ分かっていることがある。


 ここにいれば、また奴らが来る。


 僕は歩き始めた。


 もう走る力さえ残っていなかった。


 でも、どこへ行けばいい?


 誰か答えを教えてくれ。

 

つづく

恍惚の人

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