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市役所から少し離れた社会福祉センターの駐車場で、僕は身を潜めていた。
夜の冷たい空気が辺りを包み込んでいる。
センターの出入口付近で、三人の女性が立ち話をしていた。やがて二人が建物の中へ戻り、一人だけが外へと歩き出した。
僕は駐車場の車の陰に隠れ、腰をかがめて様子を窺っていた。
黒いパンツスーツを着た女性が、颯爽と駐車場を歩いてくる。
中背でスマートな体型。頭の良い営業ウーマンといった印象だった。中ヒールのパンプスを履き、黒髪が肩まで届いている。肩掛けのハンドバッグが腰の辺りで小刻みに揺れていた。
彼女が黒いSUVのドアを開け、運転席に乗り込もうとした瞬間——
僕は彼女の背中に拳銃を突きつけた。
彼女を運転席に押し込み、自分は素早く後部座席に滑り込んだ。後部座席から拳銃を見せつけると、彼女の顔が恐怖に歪んだ。
トイガンでは、文字通りおもちゃにしか見えない。威嚇には役に立たない。だからこそ警官の拳銃を拾ったのだ。
僕は厳しい表情を作り、手話で〈騒がないで〉と伝えた。
ハンドルを示す仕草で、車を動かすよう促した。
通りには絶え間なくパトカーが行き交っていた。僕は運転席の背もたれに身を隠した。
幸いにも、彼女は冷静だった。
左手でバックミラー越しに手話を使い、尋ねてきた。
〈どこへ行くの?〉
〈どこでもいい。この街を出るんだ〉
〈街を出るって言われても、それじゃ分からないわ〉
〈だったら、あんたの家へ行こう〉
〈うちには子供がいるのよ〉
〈構わない。危害を加えるつもりはない。約束する〉
〈ずっとそこにいるつもり?〉
〈えっ、何だって?〉
〈あなたの手話が見辛いの。ずっとそこにいるつもりなの?〉
彼女は僕の話を聞きたがっているようだった。
信号待ちで停車した隙に、僕は後部座席から前席の背もたれの間を強引に移動し、助手席に座り直した。
〈あなたはろう者なの?〉
〈いいえ、手話通訳者よ。私のことを知ってるの?〉
〈いや、知らない。さっき手話をしているところを見かけただけだ〉
〈それが私を襲った理由?〉
〈違う。とにかく話を聞いてくれ〉
〈何が違うの? こんな目に遭うために手話を覚えたんじゃないわ〉
彼女はそれ以上手話することをやめてしまった。
僕は空になった拳銃を握りしめていた。
僕と彼女の間に、重苦しい沈黙が流れた。

つづく
どこでもいいって言ったでしょ?


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