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24 

どこをどう歩いたのか定かではないが、その朝は街外れの歩行者用道路のトンネルの中で目覚めた。

体が鉛のように重く、手足が冷え切っていた。

外が白んでくると、トンネルを出て街中を歩いた。行き先は決めていた。平石のところだ。

スマホの位置情報アプリで、大体の居場所は確認できていた。メッセージを送っておいたが、今のところ彼からの返事はない。

まだ朝早いこともあり、大通りに出てもパトカーとすれ違うことはなかった。

思ったよりもすんなりと平石の居場所にたどり着いた。住宅街の戸建て住宅だった。

家まで押しかけるのはさすがに躊躇された。たぶんあの彼女の家族と暮らしているのだろう。

彼女は僕の顔を知っているかもしれないし、赤の他人ではないのだが、迷惑をかけるのが嫌だった。なにしろ僕は警官に追われているのだ。

やたらと大っぴらに歩き回るのは絶対にまずい。

僕は彼女の家が見えるグラウンド施設に身を潜めた。地域住民が利用している無料の施設のようだった。

グラウンドは無人だった。

LINEでメッセージを送ると、すぐ既読になった。ここで待っていれば、平石に会える。僕はそう期待した。

やがて、グレーのスウェットスーツを着た平石が歩いてきた。

僕は軽く会釈し、グラウンドの脇にある水飲み場をまっすぐ目指した。

蛇口を上向きにして水を飲むと、改めて平石の方を見た。どうも雰囲気がおかしい。

僕は平石に手話で訊ねた。

〈どうした。何か迷惑だったか?〉

平石はびっくりしたように顔を上げ、辺りを見回した。辺りに誰もいないことを確認すると、平石は僕を睨みつけ、激しい動きで手話した。

〈君は今、隠れてなきゃマズイんだぞ〉

予測可能な返事だった。

僕は〈今、隠れてなければならない理由を教えてくれ〉と言った。続けて、辛そうに〈とにかく大変だったんだ〉と言った。

平石は僕に歩み寄った。威嚇するような顔つきだった。

〈俺は君に関われないぞ〉

平石は僕を牽制した。

〈警察官を何人か殺したんだろ?〉

やはりそうか……テレビで報道されたんだ。

しかし僕はどうしても言わなければならないことがあった。

〈聞けよ。彼らは狂ってるんだ〉

平石はわざと目を逸らし〈まったくお前は頭がおかしいぞ〉と言った。

〈これを見てくれ〉

僕はリュックサックからトイガンを取り出そうとした。

〈もう帰ってくれ〉

平石は差し出された銃を拒絶した。

〈彼女も彼女の家族もこのことは知っている。関わらないでくれ〉

僕は言葉に詰まった。

平石は顔をしかめながら、苦しげに表情を歪めた。

〈自首した方がいいと思う〉

彼はくるりと背を向け、水飲み場から足早に去っていった。

僕はグラウンドを離れ、仕方なく街中へ出かけていった。

街の通りで、屋外のディスプレイテレビの報道番組を見た。警察官及び自衛官を銃撃した殺人犯として、僕の画像が公開されていた。

僕は思わずうつむいてその横を通り過ぎた。リュックからマスクを取り出し、顔を隠した。

平石に再会した時、トイガンを見せようとして、あることに気づいた。

昨日あそこにあった銃はまだあるのだろうか。もしあのまま放置されているのだったら、手に入れた方がいい。あるのとないのでは、優位性がまるで違う。

とにかく僕は今、奴らに追われている身だということを再認識できた。

僕は昨日出ていった介護施設に向かった。

施設の裏手にある公民館の段ボール箱の中のトイガンを全部もらおうと思ったのだ。

ところがいざ公民館に着いてみると、山積みになっていた段ボール箱が、きれいさっぱりなくなっていた。

半壊の館内の扉という扉をひとつひとつ開けても、やはり空だった。

畜生……僕は悔しがりながら、開けた扉を閉めていった。

すると自分の記憶違いに気づいた。元々ここにはないんだ。

いや、あるにはあったが、それらは持ち去られていて、ひとつだけ箱が残っていた。そのひとつを僕が回収したんだ。

僕は物音を立てないように、こっそりと公民館を出て、そのまま介護施設に向かった。

介護施設は無人のようだった。駐車場スペースには、昨日狂人たちが乗ってきた救急搬送車もなくなっていた。

職員の通勤車が2台停まっていたが、これらは中で死んでいる人のものだろう。

玄関の自動ドアがゆっくりと開いた。

僕はホールに土足で上がり、廊下へ通じるドアを少し開いた。床に人の手が見える。死体は放置されたままだ。

僕はそのままドアを閉じた。

お目当てのトイガンの入った段ボール箱は、アイドラゴンのディスプレイの裏側にあった。

中にトイガンが4丁あるのを確認すると、僕はなぜか胸がときめいた。

僕は今、この銃に関する情報を欲していた。が、アイドラゴンを背中に担いでまで逃げ回る気にはなれない。

おそらく僕が操作したトリガーボタンは、何らかの光線あるいは電磁波を出すボタンだと推測している。

銃自体が光るところは確認したが、何かを発射している感触はなかった。にもかかわらず、屈強な警官や自衛官の身体を撃ち抜き、一網打尽に撃退できた。

僕は段ボール箱を大切そうに胸に抱えて立ち上がり、自動ドアから外に出て、施設から足早に離れた。

箱の中に入っているトイガンをひとつ取り出し、しげしげと眺めながら歩いた。

ふと顔を上げると、路地の行く手に誰かが立ち塞がっていた。

男は腕組みしながら、憮然とこちらを見つめている。初めは逆光で誰なのか分からなかった。

男は腕組みの腕をほどいて手を動かした。

〈これからどこに行くんだ?これを使えよ〉

平石だった。路上にカードが落ちた。プリペイドカードだった。

〈こいつで熊本へ帰れよ。JRで使えるやつだ〉

僕は地面からカードを拾い上げて、平石を見た。

平石は苦い顔で、泣きそうな目をしていた。紛れもなく彼は友人だった。

彼は背を向けて立ち去ろうとした。

〈待て〉

僕は彼の肩を掴んで呼び止めた。

平石はキッと睨んで振り返り、激しい動きで手話をやり始めた。

〈阿蘇で気の済むまで逃げ隠れして、気持ちが落ち着いたら自首しろ〉

僕は平石の手話を遮るように、トイガンを差し出した。

〈これを見てくれ〉

そして平石に歩み寄った。

平石は手を突き出して、僕を制した。

〈何だよ。それは?〉

僕は構わずさらに詰め寄った。

〈とにかく受け取ってくれ〉

〈そんな物、俺はいらんよ〉

〈聞いて驚くなよ。こいつはな……〉

僕がトイガンを手渡そうとした瞬間、平石は右ストレートを繰り出した。

僕はよろめいた。殴られた頬を手で拭うと、血がついてきた。鼻血だ。

〈どんなニュースを見たか、大体見当はつく〉

僕は静かに言った。

〈だが、全部デタラメだ〉

平石は怪訝な顔をして訊いた。

〈警官を殺したんだろ。それもウソか?〉

僕のパンチが、カウンターで平石の顎に命中した。

平石の身体がコンクリートの壁まで弾き飛ばされた。だが彼は我に返り、すぐに立ち上がった。

平石はボクシングの構えを取った。ファイティングポーズで軽いステップを踏んだ。

僕は努めて冷静に、平石に手話で言い聞かせた。

〈襲いかかってきたのは警官の方だ。自衛官も大勢いた。今彼らは何かに操られている。目の前で奴らに一般市民が殺されるのを山ほど見た。向かってくれば、応戦するのは当然だろう〉

平石が僕の隙を窺いながら反論した。

〈今のお前の言い分を、どう信じろと?〉

〈今から信じさせてやる〉

僕は手にしていた段ボール箱を投げ捨てた。

〈さあ、真実を賭けた闘いだ〉

平石は軽いジャブで、僕を挑発した。

僕は振りかぶって、右のパンチを繰り出した。平石はそれをかわし、ボディに2発、顔面にも2発パンチを叩き込んだ。

僕はもんどりうって倒れた。

僕が起き上がるのを待って、平石はさらにパンチを繰り出した。今度はそれをかわし、平石のボディと顔面にパンチを叩き込んだ。


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平石はダウンした。が、すぐに起き上がり、ファイティングポーズを取った。

僕は〈足がふらついてるぞ〉と平石の足元を指差した。

〈誰か、こいつにタオル投げてやってくれ〉

僕の姿はもはや平石の視界に入っていないらしかった。

〈おい、見えてんのか?〉

僕は平石のデタラメなパンチを避けながら、右ストレートを放った。渾身の一発だった。

平石は中腰になり、痛みを堪えていた。

僕は路上に転がっていたトイガンを拾い上げ、平石に近づいた。

〈さあ、こいつを受け取るんだ〉

平石は振り向きざまに、僕の胸を肘打ちし、さらにパンチを繰り出した。

僕が後ろに転倒すると、その動きを追って、顔面にパンチを叩き込まれた。

僕は路上に大の字になって伸びた。

平石は僕に歩み寄り、手を差し伸べた。これでもう終わりか?

僕はその手にすがって、体を起こそうとした。が、これは平石のフェイントだった。

〈そんなオモチャで、警官をやっつけたなんて言うんじゃないだろうな〉

薄ら笑いを浮かべながら、平石は僕の顔面を殴った。

僕は平石にすがりついて何とか起き上がろうとした。

平石は僕の髪を引っ張り上げて、拳を振り上げた。

僕は平石の手を振り払い、足元から金的に一発パンチをお見舞いした。

平石は動きが止まり、苦しみながら倒れ、舌打ちした。

平石の顔面に頭突きを食らわせ、一度身体を反らせた後、もう一度頭突きを食らわせた。

今度は平石がダウンした。

トイガンを拾い上げ、平石の体を引き起こし、銃を手に持たせた。

〈これでやっつけたんだよ。こいつはありがたいモノなんだよ〉

平石は持たされたトイガンを足元に落とし、踏みつけた。

僕は身体を屈め、トイガンを拾おうとした。

平石はその隙を突いて、僕の顎を膝で蹴り上げた。

平石はトイガンを拾い上げると、下賤な物のように指で摘んで路傍に投げ捨てた。そしてその場から去ろうとした。

僕は体を起こし、平石に向かってタックルした。

二人は重なり合うように倒れた。どちらがダメージを受けたのか、よくわからない状況だった。

一足先に僕が立ち上がった。

平石を抱え起こすなり、僕はパンチを連発した。平石はサンドバッグのように殴られ続けた。

が、一瞬の隙を突き、僕の頭を脇に抱え込みヘッドロックした。そして僕の頭に拳骨を叩き込んだ。

僕は殴られる一方で、平石の背中を取る体制になっていた。

平石の身体を背後から持ち上げ、豪快なバックドロップをお見舞いした。

それから二人は路上でもみ合った。互いに上になったり下になったりしながら、殴り合い、蹴飛ばし合い、延々と続けた。

どちらも負けず嫌いで、キリのない戦いだった。

気がつくと僕は、路上に転がっていたモップの柄をブンブン振り回していた。

さすがの平石も棒切れを振り回されては防戦一方だ。

僕は路上に停めてあった自動車に平石を追い詰めた。

平石はとっさに、路上に倒れていたビールの立て看板を拾い上げた。

僕は構わず棒切れを振り下ろし続けた。

平石は看板を盾代わりに振り回し、駐車中の車のリアガラスに当ててしまった。

この衝撃で、二人はハッと我に返った。

〈やっちまった〉

僕は棒切れを放り捨てて、平石に言った。

〈素手でやろうや〉

平石も手にしていたビールの看板を投げ捨てた。

二人は互いに見つめ合い、思わず吹き出した。俺たち、何のためにこんなことやっているんだ。

二人は一息ついて、また戦いを再開した。

またしてもパンチの応酬から始まった。お互い目が慣れてきたのか、なかなかヒットしない。

僕は平石の隙を突いて背後に回り込み、平石を羽交い締めにした。

平石は力を振り絞って、羽交い締めを振りほどき、足の甲を踏みつけた。

僕は思わず足を抱え、飛び跳ねながら呻いた。

平石は僕の体を持ち上げると、ベンチプレスのように路上に叩きつけた。

僕はまた大の字になって伸びた。

今の一撃で、僕のライフゲージはほぼゼロになった。

平石はふらふらとした足取りで僕から離れると、道端にあったトイガンを拾い上げ、僕の胸の上に置いた。

〈一人で遊びな〉

僕は大の字になったまま、空を仰いだ。視界の隅に去っていく平石の姿が見える。

平石の背中を見ていると、その行く手に行列が見えた。大通りで何かが起きていた。

パトカーや装甲車が徐行しながら、ゆっくりと通り過ぎていく。その横には、銃器を振りかざしながら歩く自衛隊員の姿が見えた。

ちくしょう、奴らはどんどん増えていく。

諦める気にはなれなかった。

唸りながら体を起こすと、渾身の力を込めて平石に体当たりした。

平石は僕のタックルを食らい、路上に倒れ込んだ。これで平石のライフゲージもゼロだ。

僕は平石の手を取って体を引き起こすと、平石にトイガンを握らせた。

さらに体を引き起こし、後ろから抱きかかえる体勢で、大通りの方向に目を向けさせた。

〈あんな風にだな、一般市民が殺されてるんだ〉

僕は平石に通りを指差して言い聞かせた。

〈見ろよ。警官だろ。自衛官だろ。倒れてるバアさんの頭を見てみろよ。バアさん、血を流してんだぜ〉

路上で立ち止まり、こちらを見ている若い自衛官がひとりいた。

血色の悪い土気色の肌、黒ずみくぼんだ両眼。

男は迷彩服を着てアサルトライフルを手にしていた。側にいる迷彩服の同僚が、路上に倒れている老婆の頭を狙って、銃を構えていた。

彼女にとどめを刺すつもりだ。

老婆は悲鳴を上げながら、二人から逃げようともがいていた。

これはまずい。兵士たちは、彼女の悲鳴に反応しているのだ。声を出したら、やつらの猟奇性が高まってしまう。

僕はトイガンを手に持ち、大声で叫んだ。

「こっちを見ろ。お前たちの相手はこっちだ」

迷彩服たちはこちらへ駆け出してきた。

トリガーを引くと、トイガンは青白い光に包まれ、その瞬間、アサルトライフルを手にした兵士が膝から崩れ落ちた。

「次はお前だ。こっちに来い」

僕はわざと大声を出し、若い兵士を指差し、挑発した。

呆然としている平石の目の前で、ありったけのスピードで手を動かした。

〈今度は君がやるんだ〉

若い兵士はこちらに突進してきた。

平石はトイガンを手に持つと、もどかしげにトリガーを探り当て、僕の顔を見た。

〈急いで引き金を引け〉

平石は不格好なくらい両手を突き出し、へっぴり腰でトリガーを引いた。

銃はたちまち光を帯び、飛びかかろうとした若者は、膝を折り、前のめりに倒れた。

平石は恐る恐る側に近づき、兵士の顔を覗き込み、鼻に手をかざした。

〈息してない。死んだのか?〉

僕は平石の腕を取り、倒れた兵士から引き離した。

〈蘇生する奴もいる。死んだのもいる。あまり近寄らない方がいい〉

平石は怯えながら、僕を見た。

〈こいつら、何なんだ?〉

僕はゆっくりと口を動かした。

「ゾンビだ」

平石は指文字で復唱した。

〈ぞ・ん・び……あれがかい?〉

〈まあ、好きなように呼べばいいさ〉

上空に異変を感じて、空を見上げた。ビル街の上空に黒いドローンが飛んでいるのが見えた。

〈あいつがゾンビを誘導してるんだ〉

僕は無造作に銃を向け、ドローンを撃ち落とした。

ドローンはビルの壁に激突し、壁伝いに回転しながら路上に落ちた。

このままここにいたら、あいつらが大勢で追撃してくるかもしれない。あのバアさんはどこかに逃げたようだし、長居は無用だ。

僕は平石の肩を抱えて、道路の脇へ移動した。

僕らは顔を見合わせた。

〈ご覧の通り、ひどい状況なんだよ。まったく〉

つづく



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