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廃ビルの中は薄暗かった。

天井に小さな照明が灯っていたが、手話がかろうじて読み取れる程度の明るさだった。

僕たちは恐る恐る奥へと進んでいった。

すると、フロアに人だかりが見えてきた。

通路の先には20平方メートルほどの広いフロアがあり、そこには大勢の人間が集まっていた。

〈これは何の会合だろう……〉

僕たちはその中に入っていった。

誰かが呼んでいた。

〈こっちよ、こっち〉

人だかりの向こうで、誰かが激しく手を振っていた。

人をかき分けながら進むと、そこにはニコニコしながら立っている女性がいた。

平石の知り合いだった。僕にも見覚えがあった。彼女は施設で働いていた人だ。

〈やっとここへ来れたのね〉

女性は手話でそう言った。

〈デスクに銃を置いて。分解して充電しなきゃいけないの。ここは開発スタッフの隠れ家よ。聴覚障害者ばかりの集まりなの〉

僕たちは命じられるままに、古い3D銃をデスクに置いた。

〈開発スタッフ?〉

僕は女性に手話で尋ねた。

〈そうよ。ここでは聴覚障害者の技術者たちが対エイリアン用の兵器を開発しているの。例えば、その3D銃も彼らが作ったものなのよ〉

女性は誇らしげに言った。

〈対エイリアン用の3D銃?〉

僕は驚いたように目を見開き、手を動かした。

〈ええ、あれは3Dプリンターで作られた銃なの。弾丸もレーザーも使わないし、音もほとんどしない。ただ発光してウイルスを無効にするだけ。聴覚障害者にとっては理想的な武器なのよ〉

女性はデスクに置かれた銃を指差した。

〈でも、どうしてこんなものを作るの?〉

僕は疑問に思った。

〈だって、私たちは宇宙戦争に巻き込まれているのよ。ここ2、3年、健聴者の人間は日常的に聴覚を乗っ取られているの。特に警察や自衛隊は酷くて、ウイルスでエイリアンに操られている状態なの。私たちは人間の権利を守るために、力を合わせて戦わなければならないの〉

女性は憤ったように言った。

〈戦争? ウイルス?〉

僕と平石は顔を見合わせた。

僕たちは何も知らなかった。僕たちはただ、頭のおかしくなった公務員から追い回され逃げ出してきただけだった。

フロアの真ん中には大きなディスプレイが設置してあった。

アイドラゴンの番組が放送されており、数人がそれを眺めていた。以前見たことがある映像だ。男性が熱心に手話している。

〈テレビ、ラジオ、パソコン、スマホ、ゲーム機……個人で所有する端末だけでも、ざっとこれだけある。24時間絶えず音声信号が流され続けたら、人間を洗脳するくらい簡単なことだ。耳を塞がない限りね〉

男性の手話は続いていたが、それほど興味をそそられる内容ではなかったので、その場を離れた。

僕たちが人々の中を歩いていると、船橋に出くわした。

船橋は握手を求めながら〈ドローンに会わなかったかい?〉と僕たちに尋ねた。


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〈いや、何にも会わなかったよ〉と平石は答えた。

船橋は僕を見て言った。

〈街中の警官が俺たちを捜しているんだ。我々を国家転覆が目的の過激派だと伝えているらしい〉

街中の警官が……って切り出したものだから、てっきり俺がお尋ね者になってる話かと……僕は少し苦笑した。

船橋がさらに続けた。

〈あのエイリアンたちは……警官や自衛隊を国から略奪した〉

平石が驚いた表情で、激しく手を動かした。

〈略奪って……どうやって?〉

船橋は〈ウイルスをばら撒くんだ。すると人間の言葉より、エイリアンの発する信号に支配されやすくなる〉

僕と平石は溜息をついた。

〈エイリアンにしてみれば、簡単な作業だったらしい。忠誠心を向ける対象を自分たちに差し替えるだけだ〉

僕たちは返す言葉もなかった。

フロアのディスプレイに手話と文字放送が流れていた。僕はテロップを読んだ。

『今、地球は危機に瀕しています。宇宙からやってきたエイリアンが、地球での実権を奪い、支配を加速させています。彼らは自らの手を汚さずに、着実に侵攻しています。人間を操り、人間を無力化することで、エイリアンの圧力を強めています』

「奴らはなぜ侵略を?」

平石は当然の疑問を船橋に投げかけた。

「連中にとってはそれが当然だし、正解なのさ。友好的な交流なんて、おめでたい地球人以外、誰が考えるもんか」

船橋は深刻な顔で答えた。

「奪うか、奪われるかなんだ」

テレビの手話演説はなおも続いていた。

『実はエイリアン侵攻前にも、地球では似たような事象が確認されていました。タイワンアリタケの胞子の例です。この胞子がアリの身体に付着すると、アリの硬い外殻を侵食し、やがて栄養豊富な内部に入り込みます。その段階で菌糸を全身に伸ばし、アリの筋肉を貫通し、ネットワークを形成していきます。アリは新たな宿主獲得のために、胞子をばら撒く操り人形になってしまうのです。現在の警察や軍隊の行動は、似たような性質のウイルスのパンデミックを人為的に、組織的に発生させたものと思われます』

テレビの演説が一段落したあたりで、船橋は僕と平石を武器が並んだテーブルへと案内した。

カラフルなプラスチックの銃が山のように並んでいた。

「ウイルスを無力化するためには、攻撃力が必要だ。変異株の報告もあるからな。銃のモデルチェンジも頻繁にやってるんだ」

船橋がそう言うと、僕はテーブルの上の青と白のアサルトガンタイプを手に取り「こいつは人を殺すのかい?」と恐る恐る尋ねた。

「健常な人間への殺傷力はないさ。でも感染者の場合、銃によってウイルスの操り糸が切れた途端、人命もこと切れてしまうことがある」

アサルトガンはハンドガンに比べてかなり重たかった。攻撃範囲も広いのだという。

つづく



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