第29話 凛々子との再会
集会の中央では、船橋が声を張り上げていた。
朗々と話しながら、同時に手話も使っている。
そういえば、すっかり忘れていた。
船橋は健聴者なのだ。
〈せっかく集まってもらったのに申し訳ないが、明るい話はない。まずは人数だ。この人数では厳しい。少なくとも倍は欲しい〉
船橋は集まったメンバーを見渡した。
〈知り合いに声をかけてくれ。俺もできるだけ当たってみる。ただ、今のところ健聴者には慎重になった方がいい〉
一人の男が手を上げた。
〈健聴者がいたら、さっきの音響兵器は使えないんだろ。だったら、俺たちだけでいいじゃないか〉
船橋は首を振った。
〈イヤープロテクターを使えばいい。耳栓でもある程度は防げる。健聴者を仲間外れにする必要はない〉
〈じゃあ、一緒に戦えるな〉
〈ああ。ただし今は、誰が感染しているのか分からない。俺たちの居場所を知られる方が怖い〉
その言葉で、フロアが静まった。
船橋は話を先へ進めた。
〈次にドローンだ。先日、信号を追跡できる技術者が名乗り出てくれた〉
メンバーの中にいた、ひょろりとした若者を指差す。
〈彼の調査では、ドローンの発信元は市のスポーツアリーナ周辺に集中している。おそらく屋根付き球場の中に、かなりの数が格納されている〉
すると、一人の女性が立ち上がった。
〈ちょっと待って。あそこは今、感染者だらけよ〉
一同の視線が、その女性に集まった。
〈警察署がすぐ近くにあるし、自衛隊の施設もある。下手に近づいたら、すぐに囲まれるわ〉
僕は、その女性から目を離せなくなった。
どこかで見たことがある。
いや。
見たことがあるどころではない。
船橋は彼女の指摘に頷いた。
〈なるほど。だからこそ、奴らはあそこを選んだのかもしれないな〉
女性がこちらを見た。
目が合った。
彼女の顔が固まった。
僕も固まった。
船橋の説明はまだ続いている。
〈いきなり攻撃するつもりはない。まずは潜入して、正確な発信場所を確認する。それからだ〉
もう船橋の話は、ほとんど頭に入ってこなかった。
僕は隣にいた平石の肩を叩いた。
〈知り合いがいた。ちょっと話してくる〉
〈知り合い?〉
〈うん。ちょっとな〉
僕は人の間を抜けて、彼女の方へ歩いていった。
女性は逃げなかった。
ただ、ひどく気まずそうな顔で僕を待っていた。
河口凛々子だった。
僕が何か言うより先に、凛々子が手を動かした。
〈あなた……捕まってなかったのね〉
〈逃げ足は速い方なんだ〉
僕は答えた。
凛々子は僕の顔を見た。
正確には、腫れ上がった僕の顔を。
〈私が殴ったのは……頭だけよね〉
僕は一瞬、何のことかと思った。
それからホテルの鏡で見た自分の顔を思い出した。
頬も腫れているし、唇も切れている。
僕は少し離れたところにいる平石を指差した。
〈これは、その後あいつにやられた。五、六発どころじゃないけどな〉
凛々子が平石を見る。
平石は事情も分からず、こちらを見返していた。
〈……そう〉
凛々子は少しだけ安心したようだった。
だが、すぐに表情が曇った。
〈ごめんなさい〉
手話する指先が、わずかに震えていた。
僕は何も返さなかった。
〈あの時は……子供を守ることしか考えられなかったの〉
分かっている。
当たり前だ。
知らない男に拳銃を突きつけられ、車を奪われ、自宅まで押しかけられたのだ。
しかも家には息子がいた。
殴られて当然だった。
たぶん僕が彼女でも、同じことをした。
それでも、素直に 〈気にするな〉と言うのは、何となく癪だった。
僕は頭をさすった。
〈あれ、けっこう痛かったんだぜ〉
凛々子は困ったような顔をした。
〈ごめんなさい〉
〈もういいよ〉
僕はようやくそう返した。
それから、少し間を置いて尋ねた。
〈タキオ君は?〉
凛々子の表情が変わった。
〈無事よ。今は知り合いの家に預けてる〉
〈そうか〉
それだけ聞ければよかった。
凛々子は僕を見つめたまま、何か言おうとしていた。
その時だった。
フロアの奥で、突然大きな動きが起こった。
何人もの人が一斉に立ち上がる。
船橋も話を止めた。
僕と凛々子は同時にそちらを振り返った。
何かが始まった。
つづく
