30
突然、ビルが爆音と閃光で揺れた。
集会所は爆発で破壊され、音に反応できないろう者たちは、ひとたまりもなく吹き飛ばされた。
僕も爆風を受け、背後の壁に激しく打ち付けられた。
河口凛々子も空中に投げ出されたようだ。床を転がりながら遠くへ飛ばされていったのが見えた。それでも彼女は、すくっと立ち上がると、煙に紛れて姿を消した。
次の瞬間、重機がビルの壁を突き破って出てきた。
壁の大穴から黒い出で立ちの集団が押し寄せてきた。
彼らは武装した警官と自衛隊員だった。銃を乱射しながら前進する彼らの姿は、まるで戦争映画の前線部隊のようだった。
会場は混乱に陥った。

こちらが抵抗する準備が整う前に、警官たちの掃射が始まった。
船橋はハンドガンを何発か撃ったが、警官隊の射撃は彼を執拗に狙い、彼は急造のバリケードの下に倒れた。
メンバーたちは逃げ場を失い、次々と倒されていった。
3D銃で応戦しようとした者もいたが、多勢に無勢で、容赦なく射殺された。
ろう者の手から落ちたマシンガンは、踏み込んできた集団によって踏み潰されあっけなく壊された。
床には青と白のプラスチック片が散乱し、鮮血が至る所に飛び散っていた。
平石は無事だった。
彼は僕を助け起こし、集会所から外へと連れ出してくれた。
僕の身体は、あちこちの関節が外れたロボットのように、ぎこちなく動いた。
僕たちは路地裏の、軽自動車の陰に隠れた。
路面からは何度も激しい振動が伝わってきた。メンバーたちは壊滅したかもしれない。
僕は凛々子の姿を探した。
〈あの女性かい? 先に逃げたはずだけど〉
平石は僕の様子を見て、手話で言った。
僕は小路の先を見た。
〈行き止まりだ。あそこからどうやって逃げるんだ?〉
平石は僕を引き止めた。
〈彼女はUターンして引き返したのかもしれない。やつらが迫っている今、それをやったら僕たちは蜂の巣だぞ〉と平石は激しく首を振った。
ビル内の制圧が終わったのか、振動は収まっていた。
しかし、まだ辺りには硝煙の臭気が充満していた。
ビルのガラス越しに人影が見えた。人影は僕たちが隠れている袋小路の方向に向かっているようだ。
〈敵の影だ。こっちに来るぞ〉
僕と平石はさらに奥へと移動した。
警官隊は僕たちを見つけ、小路の行き止まりまで追い詰めた。
僕たちは倉庫らしき建物の、コンクリートブロックの壁に隠れ応戦した。
集会所で受け取った、弾の出ないマシンガンで応戦を続けた。
銃は眩しい光を放ちながら、敵を無力化していった。僕たちの前には、3D銃で骨抜きになった敵の山が築かれていった。
確かに以前の3D銃よりも威力は倍増していた。
警官隊は後方から次々と迫ってきた。
新たにやってきた敵勢は、より強力な実弾で攻めてきた。コンクリートの壁が次々とひび割れていく。
平石は怒りに満ちた顔で僕を見た。
〈くそ、こいつら本気で僕たちを殺そうとしている。もう正気の警官じゃない〉
……だからそれは昨日僕が言ったことだろ。
〈だとしたら、やはり殺すしかないな〉と僕は言った。
僕は補聴器を外した。人間じゃないなら、遠慮はいらない。
僕と平石は加田崎から教わった爆音スイッチを押しながら、マシンガンを連射した。
爆音は相当な威力を持っているらしく、ひとたびボタンを押すと、敵のほぼ全員が銃を落とし耳を塞いだ。
これは手榴弾の代わりになる。
警察も自衛隊も聴覚障害者を採用していないのが幸いだった。
僕たちは一人、また一人と敵を倒していった。
しかし倒しても倒しても敵の数は減らない。
警官隊の後ろで無数のパトランプが赤く点滅していた。さらなる応援部隊が駆けつけてきたのだ。
敵の数は増える一方だった。
僕と平石は、袋小路の奥で、弾切れに怯えながら3Dマシンガンのトリガーを引き続けた。
〈これじゃあ『犬死に』だ〉と平石は手話で言った。
〈犬がなんだって?〉と僕は訊ねた。
〈何もできずに死んでしまうって言いたいんだよ。ここへ来てふざけるのはよせ。俺たち、殺されるぞ〉と平石は僕を叱責した。
〈この壁の向こうは何だ?〉
僕は尋ねた。
〈別のビルじゃないか? 入れないかな?〉
平石は壁を見上げながら答えた。
僕は攻撃を続けながら、集会所の向かいのビルを見上げた。
壁と同色だったため気づかなかったが、よく見ると塀に小さなドアがあった。
〈ドアがある。行き止まりじゃなかったんだ〉
僕はドアを指差して言った。
〈さっきの女性もそこから出ていったんだ〉
平石は言った。
ドアまでの距離は30m。
遮蔽物がないため、全力でダッシュするしかなかった。直線的に走るよりも蛇行する方がいいかもしれない。
衝撃波ボタンを押しながらダッシュするか、トリガーを引きながらダッシュするか。一度に両方はできないのだ。
〈感染症のせいかな? やつら、射撃が雑だと思わない?〉
僕は訊ねた。
〈思う。ちっとも当たらないな〉
平石が頷きながら答えた。
警官隊が再び掃射を始めた。
それは暗がりのせいか、まるで目隠しで撃っているような、無秩序な射撃だった。
〈奴らが手を休めたら、走るぞ〉
僕は平石に言った。
警官隊は身をかがめ、慎重に距離を詰めてきた。
確認するすべはないけれども、僕たち二人にはもう残弾がないのかもしれない。ここから脱出するしかない。
平石は後ろを振り返りながら、少し変わった手話をした。
〈俺は音を出す。君は弾を出せ〉と彼は言った。
〈後ろに銃を撃てってことか? 当たるかな?〉と僕は尋ねた。
明らかに僕の方が高難度だ。
平石は答えた。
〈当たらなくてもいい。とにかく走るぞ〉
平石の方が足は速いのに。
案の定スタートすると、見る見る間に僕を引き離していった。
僕は銃を連射しながら、平石の後を追った。恐ろしく長い30mだった。
走りながら顔を上げると、塀のドアを開いていて、中で平石が待っていた。
僕はドアに飛び込んだ。
鉄製のドアを閉め、肩で息をしながら、ビルの壁伝いにその場を離れた。
今度のビルは、集会所のチンケなビルと違い、夜空に向かってそびえ立つ、黄金の塔だった。
アップライトの照明まである。えらく金のかかったビルだった。
〈ここの建物に入って奴らを巻こう。どこかに入り口があるはずだ〉
平石は手話で、急げと僕を促した。
〈おい、見ろ。ドローンだ〉
僕は平石に言った。
平石は〈どこだ?〉と空を見上げた。
僕は走りながら、夜空を指差した。
ドローンはランプを点滅させながら飛んでいた。ここから少し離れた、別のビルの屋上に姿を消した。
〈このビルじゃないぞ〉と僕は言った。
〈また別のやつが飛んできたぞ〉
今度は平石が空を指差した。
もう一機、同様に点滅を繰り返しながら、同じビルの屋上に接近していった。
〈あのビルの屋上にポートがあるのかもしれない〉
僕たちは頷き合った。
僕らはドローンが降りたビルを目指して、全力疾走した。
今閉めた金属製のドアが後方で揺さぶられている。警官隊はもうすぐそこまで迫っていた。
二人は無我夢中でお目当ての建物の入り口を探した。
わずかに光の漏れているドアを見つけ、意を決してそこに飛び込んだ。平石も僕に続いた。
飛び込んだドアを閉じ、ドアスコープから外を覗いた。
しばらくして黒ずくめの男たちが、隊列を組んで走っていった。
隊列が全て通過すると、僕らは床に腰を下ろし、詰めていた息を吐いた。
幸いなことに、飛び込んだドアは通路スペースで、無人だった。
つづく

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