第43話 新しい朝
装甲バスの外では、夜が明け始めていた。
空はまだ灰色だった。
地平線の向こうから、新しい日の光が少しずつ街を照らしていく。
静かだった。
昨日まで当たり前のように空を飛び交っていたドローンが、一機もいない。
それだけで、本当に何かが終わったのだと思えた。
バスの中では、船橋をはじめ五人ほどが眠っていた。
平石は例の彼女の家へ戻ったらしい。
僕には行く場所がなかったので、そのままバスで夜を明かした。
職員寮は木っ端みじん。
介護施設だって、まだ中がどうなっているのか分からない。
熊本へ帰るかなあ。
時刻は六時四十四分。
みんな疲れ切っているのか、まだ熟睡している。
僕はそっとバスを降りた。
少し街を歩いてみることにした。
人々は、長い眠りから覚めたばかりのようだった。
道路脇に座り込んでいる人。
壊れた自宅の前で呆然としている人。
制服姿の警察官に詰め寄っている人。
街角の大型ディスプレイでは、ニュース番組が流れていた。
倒壊した商店街を背景に、若い警察官が取材を受けている。
『自分たちは皆さんを守る立場であるのに……本当に申し訳ありません』
制服は埃まみれだった。
レポーターがマイクを突きつける。
『申し訳ない、で済むんでしょうか。亡くなった方もいるんですよ』
警察官は俯いた。
『あの……映像を見ました。自分たちが街を破壊しているところを……』
画面の周囲では、市民が怒鳴っていた。
『殺された人だっているのよ!』
当然だと思った。
操られていたから仕方なかった。
それで全部終わる話でもない。
僕はディスプレイの前を通り過ぎた。
向かった先は、ハローワークだった。
他に思いつかなかったのだ。
*
ハローワークは、朝からかなり混んでいた。
とりあえず求職の手続きを済ませ、空いているベンチに腰を下ろした。
フロアの奥に、大きなテレビがある。
国会中継だった。
今では字幕が付いている。
これはありがたい。
国会で使われる日本語は、普段の生活ではまず聞かないような言葉ばかりで、読唇だけではどうにもならない。
野党議員が、警察庁長官と防衛大臣を激しく追及していた。
『警察官、自衛官による市民への暴力、拘束、殺害が各地で確認されています。この事態をどう説明するのですか』
答弁者は手元の原稿を見た。
『エイリアンによる外部からの誘導が原因であったと考えております』
その後も、調査する、検証する、補償する、再発防止に努める――そんな言葉が続いた。
そして最後には、
『我々はエイリアンの支配から国民を解放するため、全力を尽くしてまいりました』
とまで言った。
僕はテレビを見つめた。
……そうだったっけ?
国会中継が終わる頃、廊下で記者に囲まれた女性議員の映像に切り替わった。
『先ほど「我々が国民を解放した」という発言がありましたけれど、実際には民間のグループが感染者に抵抗していたという情報もあります』
記者たちがざわついた。
『どういった団体ですか?』
女性議員は首を傾げた。
『えっ、ご存じない?』
『初めて聞きました』
『そうなの? SNSには映像がたくさん出ていたんですけど……光る銃みたいなものを使っていた人たち』
『その団体名は?』
女性議員は少し考え込んだ。
『……フェイクニュースだったのかしら』
そのまま立ち去ってしまった。
僕はテレビから目を離した。
まあ、そんなものだろう。
*
昼過ぎ、装甲バスへ戻った。
相変わらず何人かのろう者が残っていた。
みんな、これからどうするのか決めかねているようだった。
「仕事、見つかったかい?」
運転席から船橋が訊いた。
「熊本へ帰った方がいいって言われました。この街じゃ、しばらく仕事どころじゃないそうです」
「だろうな」
シートの間から手が伸びてきた。
パンだった。
〈ありがとう〉
僕は手話で礼を言った。
その時、窓を叩く音がした。
外を見る。
マイク。
カメラ。
人だかり。
嫌な予感がした。
「あの、お伺いしますけどぉ」
背の高い若い女性レポーターが、バスの窓にマイクを突きつけてきた。
「えーっと、数日前からこの辺りで、エイリアンに操られていた警察官や自衛官に抵抗していた人たちがいたという情報が入ってるんですけどぉ……ひょっとして、あなた方ですか?」
僕たちは黙った。
ひどい日本語だった。
「あのー、どうやって退治したんですか? 怖くなかったんですか? その武器って、どういうものなんですか?」
僕は手を動かした。
〈パ・イ・ナ・ッ・プ・ル〉
レポーターが目を丸くした。
「え?」
後ろにいた仲間たちも、次々と手を動かした。
〈アイスクリーム〉
〈タピオカドリンク〉
「それって手話ですか? 誰か話せる方はいないんですか?」
全員が一斉に運転席を見た。
船橋は前を向いたまま、振り返らない。
ただ、肩が小刻みに揺れている。
笑ってやがる。
カメラマンの一人が、バスのドアを開けようとした。
船橋がエンジンをかけた。
バスがゆっくり動き出す。
レポーターたちが慌てて後退した。
僕は運転席へ顔を出した。
「OK。あとはエンジン全開で」
「あいよ」
船橋が笑った。
「どこへ行く?」
僕は少し考えた。
「どこまでもさ」
「どこまでも、か」
装甲バスは球場の敷地を出た。
国道へ入る。
少しずつ速度が上がっていった。
窓の外では、屋根付き球場が小さくなっていく。
壊れた街も、瓦礫も、制服姿の人々も、やがて後ろへ流れていった。
僕はシートに深くもたれた。
これからどうするのか。
熊本へ帰るのか。
また仕事を探すのか。
エイリアンが本当にいなくなったのか。
何も分からない。
ただ――。
もう、逃げなくてもいいらしい。
それだけで十分だった。
バスは朝から続く青空の下を、どこまでも走っていった。
了
長い物語を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
春日の旅路は、ここで終わりです。
皆様の貴重なお時間をお付き合いいただき、心より感謝いたします。
haya
