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装甲バスの外では、夜が明け始めていた。
空はまだ灰色がかっている。
新しい日の光が地平線の向こうから少しずつ顔を出していく。
街は静かだった。
昨日まで当たり前のように、空を飛び交っていたドローンが今朝はもういない。
エイリアンの支配から解放されたことが実感できた。
バスの中には船橋をはじめ、5人ほどが寝泊まりしていた。
平石は彼女の家にお邪魔しているらしい。
僕は当然ながら行くあてがないから、バスの中で夜を明かした。
職員寮も木っ端みじんだし、施設の中もまだ死体だらけだろうし……。
熊本へ帰るべきかなあ。
時刻は6時44分。疲れ切っていたのか、皆まだ熟睡している。
僕はバスから下りて、街を散策することにした。
人々はまるで長い眠りから覚めたかのように、混乱と驚きの中で自分たちの意識を取り戻していた。
街路のディスプレイには、倒壊した商店街の一角にTVレポーターが押しかけている様子が流れていた。
警察官や自衛官たちが、市民たちの糾弾を受けていた。
「自分たちは、皆さんを守るべき立場であるのに……」と、一人の警察官が悔しそうに語っていた。
ブルーのシャツが埃まみれになっていた。
「こんなことをしてしまって、本当に申しわけない」
「こんなことって? 何です?」
男性レポーターは意地悪くマイクを突き出した。
「あの、あれから映像を見させていただきました」
「何を見たんです?」
「自分たちが街を、は、破壊する姿を……」
市民たちは路傍で怒りを露わにしていた。この警察官の謝罪は、潔いとはいえ、とうてい受け入れ難いものだった。
「殺された人だっているんですよ。どの面下げて『街を立て直そう』なんて言えるのよ」と、一人の女性が絶叫した。
僕はディスプレイを横切り、ハローワークへと向かった。
他にどこにも行くあてがなかったからだ。
ハローワークはかなり混んでいた。
求職手続きを済ませ、空いているベンチに腰を下ろした。
ベンチからフロアの奥にある大型テレビが見えた。
国会中継をやっていた。最近では国会中継も字幕付きで見れる。
国会中継は元々普段の暮らしでは使わないような難解な日本語を使っているので、読唇もなかなか難しい。
そのせいか、僕を含め、ろう者は政治に疎いと言われている。
だから字幕付きだとありがたい。
とにかく何もすることがないので、ぼんやりとテレビを見ていた。
国会では野党議員により、警察庁長官、防衛大臣への激しい糾弾が行われていた。
「この国では、警察官や自衛官が一丸となって、国民に対する迫害を行い、彼らを捕捉し、そして殺害することが日常化してます。この事態をどうご説明いただけますか?」
回答を求められた両者は「……そ、それは、あの、エイリアンによる誘導かと」と、口ごもりつつ、手元の原稿を読み始めた。
「議員の皆様、そして国民の皆様にお伝えします。我々は、エイリアンの支配から人々を解放するために全力を尽くしてまいりました。そして、その成果が今、目の前にあります。亡くなられた方々につきましては、深い哀悼の意を表するとともに、迅速かつ透明性を持って調査を行い、適切な補償を実施することをお約束します。また、エイリアン討伐に関しては、引き続き最優先事項として取り組んでまいります。この困難を乗り越え、平和な日常を取り戻すために、政府一丸となって努力してまいります」
防衛省の関係者たちは、逃亡したエイリアンの探索に乗り出すことを表明していた。
「彼らがまだどこかで潜んでいる可能性がある。私たちは警戒を怠ってはならないんです」と、防衛大臣が言った。
急造したとされる探索隊は、テクノロジーを駆使して、エイリアンの足取りを追うというものだった。
しかし、何だかうやむやな感じで、話し合いが終わったような気がする。
国会の退庁時、通路で取材に応じている女性議員の姿が映し出された。
彼女は黙考後、静かに口を開いた。
「先ほど『我々は、エイリアンの支配から人々を解放するために全力を尽くしてまいりました』とおっしゃられていましたけれど、エイリアンからの解放は、ある市民団体の機転によるものという情報が寄せられているのをご存知でしょうか」
記者たちは騒然とした。
彼女は続けた。
「SNSでも多数の動画が上げられているようなのですが、光り輝く銃を駆使して、あの方々……つまり警官だか自衛官をですね、牽制していたと」
「それは、どういった団体ですか?」
女性議員は首を傾げた。「えっ、あなた方、ご存じない?」
「ええ、今初めて聞きました」
「そうなの、じゃあ、あの……」
「………」
「フェイクニュースかもしれないわね。あなた方なら知ってるだろうと思ってお尋ねしたの」
彼女は足早に通路を去っていった。
昼過ぎにハローワークから戻ってきた。
装甲バスには相変わらずろうのメンバーがいて、誰もが途方に暮れている様子だった。
「仕事は見つかったかい?」と運転席から船橋が訊いた。
僕は少し小声で答えた。
「熊本へ帰った方がいいと言われた。この街はしばらくいい仕事は見つからないって。そもそもハローワーク自体が機能してないって言ってた」
「だろうな」と船橋。
シートの隙間から手が伸び、ろうの仲間がパンをくれた。
〈ありがとう〉僕は手刀を切り、お礼の手話を返した。
誰かがバスの窓を叩いていた。
誰だろう? 外を見ると、マイクやカメラを持った人だかりができていた。
「あの、お伺いしますけどぉ」
背のスラッとした若い女性が、頭上にマイクを突き出しながら尋ねた。
「えっと、昨日、ここで、あの、エイリアンに、えー、操られた人間を、えー、退治した人たちを、見かけたって、情報が、えー、入ったんですけど、あのー、ひょっとしたら、あなた方じゃ、ありませんか?」
僕たちは面食らって、しばし無言でいた。ひどい日本語だ。
彼女は勝手に話を進めた。
「えーっと、それ、ほんとに、あなたの方ですか? あのー、ちょっと、詳しく教えて、もらえますか? えーっと、どうやって、退治したんですか? あのー、怖くなかったんですか?」
僕は〈パイナップル〉と指文字で書いた。
レポーターたちは、目を丸くした。
「えっ、何ですか?」
ろうのメンバーたちもシートから身を乗り出してこう書いた。
〈アイスクリーム〉〈タピオカドリンク〉
「それって手話? 誰か、話ができる人いないんですか?」
メンバーは一斉に運転席の船橋を見た。
船橋は振り返らずに、背中を向けたままだった。
よく見ると、肩が小刻みに揺れている。
笑いを堪えているのだ。
カメラマンらしい男が、バスのドアを強引に開けようとし出した。
船橋はバスのエンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。
バスは緩やかに発進し、マスコミの人だかりから抜け出した。
僕は船橋に言った。
「O.K、あとはエンジン全開でね」
「あいよ」船橋は答えた。「どこへ行くかい?」
「どこまでもさ」
「どこまでも、か」
バスはグングンと加速し、球場の敷地を出た。
国道に出ると、バスはさらに加速を増した。
屋根付き球場が小さくなっていく。
バスに揺られながら、しばらく変わり果てた市街地をぼんやり眺めた。
張り詰めていた気持ちが緩み、急に切なさを感じた。
この街での出来事が走馬灯のように浮かんできた。
了
長い物語を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
春日の旅路は、ここで終わりです。
皆様の貴重なお時間をお付き合いいただき、心より感謝いたします。
haya
