世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

時の彼方で 2. 空白

時の彼方で 2. 空白

村の通りを歩く五人の少年たちの姿があった。

彼らは剣道の胴着を着ていたが、足はスニーカーを履いていた。

周囲の風景に違和感を覚えながらも、頭の中ではまだ現代の光景を探している。

村の人々は彼らに特に関心を示さず、平穏な日常を送っていた。

〈リーダー。お店に旗が出てるよ。何か書いてある〉

ろう者の狩野陽向が指差す先には、古びた布ののぼり旗が風に揺れていた。

のぼりには流れるような筆文字で「阿蘇のそば切りだご汁」と書かれている。

〈阿蘇のそば汁…か。何かえらく流した字体で書いてあるな。要はそば屋だろ〉

ろう者の佐々剛介が看板を見上げながら、手話で言葉を紡いだ。

狩野陽向が自信満々に補足した。

〈剛さん。あれは『そば切りだご汁』って書いてあるんだ。『そば切り』〉

他のメンバーも看板に目を向けた。

〈そば切りだご汁?〉五人は一斉に訝しい表情を見せた。

〈ああ。クックパッドにも『ちゃんと出てるよ。民話でも熊本のそば切りだご汁は鬼も笑顔になるくらい美味しい』んだとか、確か載ってたな〉

狩野陽向が得意げに説明すると、松井大和が失笑しながら言った。

「陽向は食い意地張ってんなぁ。ネットでそんなのばかり見てんのか。ハハハ…」

〈ようするに『腹減った』って言いたいんだろ?〉

佐々剛介が意地悪く指摘すると、狩野陽向は照れくさそうに笑った。

〈正直言うと、さっきから腹が減って、腹が減って、死にそうなんだよ。ハハハ…〉

しかし、彼らはお金を持っていないため、店に入ることができない。

剣道の練習中、財布は鍵付きのロッカーに仕舞っておく。

しかし、仮に財布を持ってたとしても、こんなとこで使えるのか。

メンバーは仕方なく店を素通りし、空腹のまま歩き続けた。

コンビニもない、自販機もない。

道なりに進むと、大きな屋敷の門が見えてきた。「葛西道場」と書いた看板が立っている。

門の前は無人だったが、近くに来ると、鋭い気合の声が聞こえてきた。

「どうやら剣道道場らしい…。どうする、みんな?」

松井大和が仲間たちに問いかけると、他のメンバーは不思議そうに訊ねた。

「ここが道場だって、何で分かったんだ?」横井岳人が大和に訊ねた。

「だって俺には聞こえるんだよ。竹刀の音や気合の声が」

大和は竹刀を打ち下ろすジェスチャーと口から声を出す仕草で伝えた。

〈本当か?あそこから声が〉

佐々剛介が疑わし気に建物を指さした。

「本当だってば。『道場』って書いてあるだろ?中を見てみろよ」

大和が看板を指さした。

五人は恐る恐る葛西道場の門をくぐり中に入った。

ガラスのない窓から中を覗くと、道場内では剣士たちが汗だくで稽古をしていた。

皆一様に頭を剃り上げ、髪を結っており、束ねた髪を頭頂部で留めていた。

〈あれは…やっぱりちょんまげだよな?どうみても〉

佐々剛介が神妙な表情で手でつぶやく。

指導者らしき人物が道場の中央で、他の剣士たちに混じって稽古をしていた。

指導者のように見えたのは、ひと際立派そうな胴着を着ていたから。

そこにいた剣士たちは、十数名だった。

指導者と比べると、皆みすぼらしい格好をしているように見える。

五人は緊張した面持ちで、しばらく道場内の様子を観察した。

 

つづく

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