世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

時の彼方で 25 帰還

時の彼方で 25 帰還

25

薄暗い光が差し込む崩れかけた道場の中、三人の少年剣士の姿がゆっくりと浮かび上がった。

彼らは瓦礫の山から這い出るようにして立ち上がり、周囲を見回した。

最初に立ち上がったのは、額に傷を負った剛介だった。

彼の目には驚きと安堵が混ざっていた。

剛介は咳き込みながらも、仲間たちを探すように辺りを見渡した。

〈みんな…無事か?〉

彼は埃に咳き込んだ後、両腕を頭上にかざして、大きく振り回した。

次に立ち上がったのは陽向だった。

彼の服は埃だらけで、右腕を押さえているのが見て取れた。

それでも、陽向は懸命に立とうとしていた。

〈ああ…なんとか〉

陽向は痛みをこらえながら答えた。

〈でも、ここは…〉

最後に立ち上がったのは岳人だった。

彼の顔には擦り傷があり、左足を引きずっているようだった。

それでも、岳人の目は冷静さを失っていなかった。

〈俺たちの道場だ…崩れてしまったんだな〉

岳人はゆっくりと指で言葉を紡いだ。

三人は互いの無事を確認し、安堵の表情を浮かべた。

しかし、すぐに彼らの表情は真剣なものに変わった。

周囲の瓦礫を見つめ、何が起こったのかを理解しようと努めていた。

岳人が口を開いた。

「大和と飛雄が…見えないな」

彼の手話は緊張しているように見えた。

陽向が頷きながら答えた。

〈ああ…探さなきゃ〉

陽向の目には不安と焦りが入り混じっていた。

岳人は静かに手を動かした。

〈みんな、気をつけろ。また崩壊するかもしれない〉

彼は手話と表情で慎重さを促した。

あの時代に履いていったスニーカーは、かなり汚れてはいたけれど、まだ健在だった。

三人は互いに頷き合い、ゆっくりと瓦礫の中を進み始めた。

彼らの動きは慎重で、まだ体の痛みを感じているようだった。

目には強い決意が宿っていた。

仲間を見つけ出す、という思いが傷ついた三人を前に進ませていた。

崩れた柱や折れた竹刀の間を縫うように進みながら、三人は時折立ち止まっては目を凝らした。

仲間の声など聞こえはしないが、生存の痕跡はないか、目で必死に探っていた。

突然、陽向が立ち止まった。

彼の鋭い目が瓦礫の山の一角に釘付けになっていた。

〈あそこ…動いた〉

彼の手話は興奮気味だった。

三人は素早くその場所に駆け寄った。

瓦礫を慎重に取り除いていくと、そこには埃と汗にまみれた飛雄の姿があった。

彼は目を閉じ、苦しそうな表情を浮かべていたが、かすかに呼吸をしているのが分かった。

「飛雄!」

岳人は声を上げた。

激しく肩を揺すると、飛雄がゆっくりと目を開けた。

〈み…みんな〉

飛雄は弱々しく手話を交えながら話した。

〈無事だったんだな…〉

剛介は飛雄の体を支え、瓦礫から引き出した。

〈大丈夫か?怪我は?〉

彼の手話からは焦心が伺えた。

飛雄は小さく頷いた。

〈大したことない…ただ、あんまり動けなくて〉

陽向は周りを見回しながら言った。

〈まだ大和が見つからないんだ〉

彼らの表情には焦りが見えた。

四人は互いに顔を見合わせた。

大和を探さなければならない。

しかし、飛雄の状態も気がかりだった。

岳人が決断を下した。

〈俺と剛介で大和を探す。陽向、飛雄の面倒を見てくれ〉

岳人と剛介は再び瓦礫の中へと踏み込んでいった。

時間が過ぎるにつれ、焦燥がつのる。

大和の姿はどこにも見当たらない。

やがて、岳人は立ち止まった。

彼の目には悲しみの色が浮かんでいた。

〈もしかしたら…大和は〉

彼は言葉を詰まらせた。

剛介も暗い表情で頷いた。

〈ああ…まだ江戸時代に〉

二人は重い足取りで仲間のもとへ戻った。

全員の顔に失望の色が広がる。

大和がいないという現実が、彼らの心に重くのしかかった。

飛雄が弱々しい手話で言った。

〈大和は…俺たちを守るために〉

彼の目には涙が光っていた。

陽向は拳を握りしめた。

〈くそっ…なんで大和だけが〉

彼の体は怒りと悲しみで震えた。

岳人は静かに言った。

〈大和は…俺たちの命を救ったんだ〉

剛介は苦渋の表情を浮かべた。

陽向は無言で視線を落とし、飛雄も目を伏せた。

岳人は拳を握り締め、悔しさを押し殺すようにして目を閉じた。

「やっぱり…江戸時代に囚われたままなんだな…」

岳人の声はかすれていた。言葉の一つ一つに虚しさがあった。

四人の少年たちは、倒壊した道場の中でただ静かに立ち尽くしていた。

瓦礫の山の中で、大和の無事を願いながらも、その願いが叶わないことを悟っていた。

彼らの心には深い悲しみが広がっていた。

彼らは諦めきれなかった。大和を見つけるため、再び立ち上がり、瓦礫の中を探し続けた。

時間が過ぎ、疲労が四人の体を蝕んでいった。

それでも、彼らは懸命に瓦礫を掻き分け、大和の姿を探し続けた。

突然、強烈な光が四人を包み込んだ。

驚いた四人は光源に目を向けた。

そこには、懐中電灯を手にした救助隊員たちの姿があった。

救助隊員たちは四人を発見し、すぐさま駆け寄ってきた。

彼らの口が動いているのが見えたが、四人には何も聞こえない。

岳人は咄嗟に手話で仲間たちに伝えた。

〈救助隊だ。俺たちは無事だと伝えよう〉

四人は頷き、救助隊員たちに向かって手を振った。

そして、自分たちが聴覚障害者であることを示すため、耳を指さし、首を横に振った。

救助隊員たちはすぐに状況を理解したようだった。

一人の隊員がメモ帳を取り出し、何かを書き始めた。

「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

その文字を見た四人は安堵の表情を浮かべた。

陽向が素早く手話で答え、岳人がそれを救助隊員に口語で伝えた。

「私たちは大丈夫です。しかし、もう一人の仲間がまだ見つかりません」

救助隊員は頷き、仲間たちにメモで訊ねた。

…友達の名前は?

岳人が答えた。

「松井大和です」

すぐさま、隊員は顔を上げ、瓦礫の中にいる他の救助隊員に声を掛けた。

救助隊員が集まってきた。隊員の一人が大きな声でゆっくりと口を動かした。

「友達の名前は、ま、つ、い、や、ま、と…だね?」

四人は頷いた。

救助隊のリーダーが前に出て、メモに字を書いた。

そこにはこう書かれていた。

「松井大和君は、一週間前に病院に運ばれて、入院しています」

四人は応急処置を受け、救急病院へ運ばれた。

四人がそれぞれ病室で眠りに就き、目が覚めた後、松井大和と再会した。

大和はICUのベッドに横たわっていた。

酸素マスクを着け、胸にはモニターのコードが何本も装着されていた。

頭上にはオレンジ色の大きな輸液バッグが吊り下げてあって、輸液ポンプのランプが規則正しく点滅を繰り返していた。

大和に手を触れようとすると、側にいたナースが慌ててそれを押し止めた。

ICUの廊下でナースから説明を受けた。

松井大和は発見直後からずっと、意識が戻らない状態だった。

 

つづく

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ 小説(純文学)ランキング



この記事をシェアする

記事一覧へ戻る

関連記事 Relation Entry