16 交信手段と心的外傷
脇田たちは、村の生活に少しずつ慣れてきていた。
特にマリコとユキオは、村の生活に馴染もうと、村人の交流の中にできるだけ身を置くようにしていた。
村人たちも子供たちに関しては、好意的に接してくれた。
子供たちの方がアキュラでは立派そうに見える。
脇田だけがどうしても浮いてしまいがちだった。
それには理由がある。
この村の住民は、おしなべて背が低い。
ところが脇田は背たけが百八十センチもある。
そんな大男に見下ろされては、村人が恐がるのも仕方がないことだ。
そしてそんなことにさえ気が付かず、村人がなついてくれないと、この男は気分を悪くしているのだった。
食事は一応、地球人全員そろってから取ることになっている。
食卓の話題は主に、子供たちと由里子のやりとりが占めていた。
由里子とレイには子供がいるらしく、地球で二人の帰りを待っているらしい。
朗らかな由里子に比べ、レイはなぜか、常に沈黙を通した。
緒方の話によると、国連機は半年前にこの星に迷い込んだのだそうだ。
アキュラの大気圏外の宇宙空間を周遊中に、惑星周囲を漂っている氷塊に衝突したらしい。
アキュラを含め、惑星マリウスの周囲は、惑星の大気が冷えて、年々氷塊の衝突事故が増加している、と緒方は脇田に言った。
「そんなに大変なことになっているんですか」
脇田が飲みかけの紅茶を、テーブルに戻しながら言った。
「だけど、不思議ですね。僕は、まだこうして生きてるってのに実感がない」
「まだ、心的外傷が癒えてないからですよ。私たちの場合もそうだった」
「心的外傷…か。確かになんかまだ危機感とか『帰りたい』とか、強く思わないです。なんかぼんやりとしている」
「やはりまだ、時間が掛かるんですよ。そうだ、私たちの船を見に行きませんか?」
脇田と緒方は村から出て、林道を歩いていった。
二人の後から、ラテン系のディーと子供たちがついてきていた。
林道の脇には、背の高いススキが茂っていた。
それらは風が吹くたび、彼らに覆いかぶさるように大きく穂を揺らした。
石ころだらけの道はやたらと曲がりくねっていて、しかもどんどん傾斜を増していった。
「ここです。あれがX50です」
緒方が立ち止まった。
雑草も何もない固い地面に、彼らの船が静かに横たわっていた。
耳をすますと水流の音がする。この近くに河川があるからだろう。
空を仰ぐと、低木の葉の隙間から、柔らかい光がまばらにこぼれていた。
緒方は宇宙船のドアを開けて、手招きをした。
子供たちは国連軍の船を見ると、喜び勇んで駆け出していった。
脇田はその場に立ち止まったままであった。
彼は巨大な物体を前にして、少しの間ぼんやりと立ち尽くしていた。
宇宙船というより、戦闘機のような尖ったフォルムだった。
X50と呼ばれるその機体の周辺には、木々がなぎ倒された形跡がまるでなかった。
上空から見れば、明らかに木々の間を縫うような具合に着陸しているはずである。
「するとこいつは垂直に離着できるのかな」
機体を眺めているうち、修理の跡と思われる、雑な板金処理が所々にあるのが目に入った。
「脇田さぁん。中へどうぞ」
緒方が呼んでいた。
脇田は彼が手招きしているドアに向かい、宇宙船の中へ入った。
船内に入ると、緒方は前を歩きながら、この船は軍事利用のものだと説明した。
『だろうな…』と脇田は思った。言われるまでもなく、旅客利用の脇田たちの船と違い、狭苦しく、空間に余裕というものがあまり感じられなかった。
狭い通路のつき当たりに両開きのドアがあった。
その扉を開き、緒方は窓のある小さなスペースに脇田を案内した。
部屋の中に子供たちが二人を待っていた。
「これ、飛べるの」
緒方の姿を見つけ、マリコが尋ねた。
「飛べるかも。修理も万全だと思うんだけど」
「じゃあ、これで地球へ帰れるのね」
「地球は無理だな。マリナスを目指すつもりだけどね」
緒方は脇田に座席を勧め、自分は壁にもたれて腕を組んだ。
「それに、そう簡単に戻れそうもないんだよ」
「どうしてなの。この船があればどこへでも行けるじゃない?」
マリコは当然な疑問を投げた。ユキオもうかない表情になった。
「近距離ならばどこへでも行けるよ。でも、二つ問題があるんだ」
「何なの」
「まずは、マリナスの位置が分からない。ぼくらも散々調べてみたんだが、コンピューターがまるで使い物にならなかった」
「ボ、ボクは視力が2.0ある。でも空にマリナス見れなかった」
ディーは首をすくめ、おどけた顔をして言った。
「見えるはずないだろ」緒方が突っ込むと、子供たちは笑い出した。
「レーダーを使うとか、何らかの交信手段はないのですか」
と、今度は脇田が尋ねた。
「レーダーは範囲が狭過ぎるよ。それに交信手段はないと言ったほうがいいでしょう」
「どういうことです」
「機首にそうした機材が組み込まれていたんです。が、その部分から着地したらしくて、全然使い物にならんのです」
「またどうしてそんなことに」
「パイロットも九死に一生を得るような大怪我でした。我々がコクピットに駆けつけたとき、彼の唇は真っ青でしたよ。血液バッグを全部投入して、あとは天命を待つような状態でした」
声の調子を変えずに、彼は淡々と語った。
皆の背後にいたディーが何か思いついたらしく、つかつかと緒方の側まで歩いてきて何かを耳打ちした。すると緒方は目を見張って、大きくうなずいた。
それからしばらく腕組みをして考え込み、やがて脇田の名を呼んだ。
「あなたたちの船を調査させてください。 何か使えるかもしれません」
「でも、あの船は壊れているし、半分以上は海の中へ沈んでいるんですよ」
「かまいません。我々はソナー(水中探知機)持っています」
脇田が、自分も手伝うと申し出ると、子供たちは驚きの表情になった。
『この人、手伝うと言い出したわ』
『良かったね。やっと神様に役目を与えられたんだ』
マリコとユキオは手話で脇田を祝福した。
「もうひとつの問題は、パイロットです」
緒方の切り出した次の問題は、さらに深刻なものだった。
パイロットのレイがフライトを拒否しているということであった。
そればかりではない。
緒方やディーと口を利こうともしないというのである。
緒方は顔をしかめた。
「それも心的外傷ってやつですか?」
「たぶん…そうですね。ひねくれているのは元からなんですが…」
つづく
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