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パルチノン食品工業。かつてウィンドベルに進出し、その後撤退した企業だ。

ウィンドベルの前市長ハーバーの誘致で、山間部に工場を建設。だが、3年後、工場の廃液から有害物質が検出され、当時のロバート市長は引責辞任に追い込まれた。パルチノンもウィンドベルから撤退し、現在はチェインバーグに拠点を移している。

チェインバーグに建てられた「パルチノン食品第五セクション」。敷地面積は一万坪。大企業の工場にしては、どこか規模が小さい。赤いシンボルマークがなければ、ありふれた下請け企業の建物にしか見えないプレハブ工場だ。

その工場は、リンダたちのアパートから5キロ離れた造成地に位置する。地区名はアルファベットで表され、ここは「M」と呼ばれていた。周囲にはブルドーザーが砂塵を巻き上げ、工事が進んでいる。

工場から少し離れた空き地には、社員たちの車が並んでいた。正式な駐車場か、それとも勝手に停めているのかは、定かではない。

そんな中、黒塗りのセダンが造成地の端から現れ、工場へと近づいてきた。かつてはきれいに手入れされていただろうが、ここでは埃にまみれている。車は工場の周囲を一巡りすると止まり、運転手が降りて建物の中へ駆け込んだ。

しばらくして工場のシャッターが開き、運転手が戻ってくると、車はそのままプレハブ内に入っていった。

「車ばっか使ってないで、歩けばいいのにな」とリプリーがぼやいた。

「まったくだ。あいつらはいつもそうだ。ドアを自分で開けない。覚えてるのは命令文か否定文だけ。トイレじゃ自分の尻すら拭けないんじゃないか?」と、リプリーが声を大きくする。

「声がでかいぞ、リプリー」

「こんな距離で聞こえるはずがねぇよ」

二人は工場近くのトラックの荷台に隠れていた。放置された大型の土砂運搬車だ。

オットーは赤いブルゾンに紺色のスラックス、リプリーは黒い革ジャンにタイトなブルージーンズという、探偵には似つかわしくない派手な格好だった。

「派手な格好して、探偵する馬鹿なんて見たことないぞ」とリプリーがからかう。

「私だってそう思ってるさ。だが、事情があるんだ。病院を出る時、師長がこのブルゾンをくれたんだ。体を冷やすなってな。いらないって断ったんだが、着てみると、これが意外と嬉しくてな」


リプリーはオットーの胸元にあるスヌーピーの刺繍を見つめ、彼のにやけた顔に呆れたように言った。「クソ、複雑すぎるな」

オットーは工場を見つめながら呟く。「想像以上に大きくなってる」

「何がだ?」とリプリーが聞き返す。

「ハエさ。廃棄物処理をいい加減にすると、ああいう生物が出てくるんだ。最初に見た時は、兎ぐらいの大きさだった」

「ハエを『彼ら』って呼ぶなよ。話が妙になる。それで、その『キンバエ』たちはどうなったんだ?」

「もちろん抹殺されたさ。あの会社の連中が火炎放射器で燃やした。私には何も言えなかった。依頼されたのは、ただの廃棄バルブの調整だったからな。報酬が必要だったんだ」

「その依頼の内容は?」

「バルブの調整だけだ。ただ、地下に廃棄物を流し込んでたのは見たが、深くは関わらなかった。だが、ある人から協力を求められたことがあった」

「ウィンドベル環境調査官のウェインだろ?」

「ああ、あの間抜けなウェインさ」

「弟は死んだ」

「そうだ、死んだ。パルチノンと取引して、俺の資料を使って稼ごうとしたが、代償に命を失った」

「可哀想な奴だよ。深夜にレールの上を歩く理由なんてなかった。間違いなくパルチノンの仕業だが、証拠は掴めなかった」

オットーは目を閉じ、しばし黙った後、顔を上げて自嘲気味に笑った。リプリーはタバコを取り出し、火を点ける。

「ウェインが死んだ時、なぜ警察にパルチノンのことを話さなかった?」

「ウェインは死んだが、私には妻がいた。私が殺されるのは構わないが、妻を失うのは嫌だった。それが結局、妻も失う羽目になってしまったがね」

オットーの目尻に一筋の涙が流れた。リプリーはそれを見て、ぽつりと言った。

「あんた、最近涙もろいな」

「ほっとけ、クソ刑事」

 

つづく

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