ドラゴ・ナラティブ - にほんブログ村

22 

市役所から少し離れた社会福祉センターの駐車場で、僕は身を潜めていた。

夜の冷たい空気が辺りを包み込んでいる。

センターの出入口付近で、三人の女性が立ち話をしていた。やがて二人が建物の中へ戻り、一人だけが外へと歩き出した。

僕は駐車場の車の陰に隠れ、腰をかがめて様子を窺っていた。

黒いパンツスーツを着た女性が、颯爽と駐車場を歩いてくる。

中背でスマートな体型。頭の良い営業ウーマンといった印象だった。中ヒールのパンプスを履き、黒髪が肩まで届いている。肩掛けのハンドバッグが腰の辺りで小刻みに揺れていた。

彼女が黒いSUVのドアを開け、運転席に乗り込もうとした瞬間——

僕は彼女の背中に拳銃を突きつけた。

彼女を運転席に押し込み、自分は素早く後部座席に滑り込んだ。後部座席から拳銃を見せつけると、彼女の顔が恐怖に歪んだ。

トイガンでは、文字通りおもちゃにしか見えない。威嚇には役に立たない。だからこそ警官の拳銃を拾ったのだ。

僕は厳しい表情を作り、手話で〈騒がないで〉と伝えた。

ハンドルを示す仕草で、車を動かすよう促した。

通りには絶え間なくパトカーが行き交っていた。僕は運転席の背もたれに身を隠した。

幸いにも、彼女は冷静だった。

左手でバックミラー越しに手話を使い、尋ねてきた。

〈どこへ行くの?〉

〈どこでもいい。この街を出るんだ〉


ドラゴ・ナラティブ - にほんブログ村

〈街を出るって言われても、それじゃ分からないわ〉

〈だったら、あんたの家へ行こう〉

〈うちには子供がいるのよ〉

〈構わない。危害を加えるつもりはない。約束する〉

〈ずっとそこにいるつもり?〉

〈えっ、何だって?〉

〈あなたの手話が見辛いの。ずっとそこにいるつもりなの?〉

彼女は僕の話を聞きたがっているようだった。

信号待ちで停車した隙に、僕は後部座席から前席の背もたれの間を強引に移動し、助手席に座り直した。

〈あなたはろう者なの?〉

〈いいえ、手話通訳者よ。私のことを知ってるの?〉

〈いや、知らない。さっき手話をしているところを見かけただけだ〉

〈それが私を襲った理由?〉

〈違う。とにかく話を聞いてくれ〉

〈何が違うの? こんな目に遭うために手話を覚えたんじゃないわ〉

彼女はそれ以上手話することをやめてしまった。

僕は空になった拳銃を握りしめていた。

僕と彼女の間に、重苦しい沈黙が流れた。

つづく

どこでもいいって言ったでしょ?



にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ 冒険小説ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村
おしゃべりドラゴ - にほんブログ村
人気ブログランキングでフォロー