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村の通りを歩く五人の少年たちの姿があった。
彼らは剣道の胴着を着ていたが、足はスニーカーを履いていた。
周囲の風景に違和感を覚えながらも、頭の中ではまだ現代の光景を探している。
村の人々は彼らに特に関心を示さず、平穏な日常を送っていた。
〈リーダー。お店に旗が出てるよ。何か書いてある〉
ろう者の狩野陽向が指差す先には、古びた布ののぼり旗が風に揺れていた。
のぼりには流れるような筆文字で「阿蘇のそば切りだご汁」と書かれている。
〈阿蘇のそば汁…か。何かえらく流した字体で書いてあるな。要はそば屋だろ〉
ろう者の佐々剛介が看板を見上げながら、手話で言葉を紡いだ。
狩野陽向が自信満々に補足した。
〈剛さん。あれは『そば切りだご汁』って書いてあるんだ。『そば切り』〉
他のメンバーも看板に目を向けた。
〈そば切りだご汁?〉五人は一斉に訝しい表情を見せた。
〈ああ。クックパッドにも『ちゃんと出てるよ。民話でも熊本のそば切りだご汁は鬼も笑顔になるくらい美味しい』んだとか、確か載ってたな〉
狩野陽向が得意げに説明すると、松井大和が失笑しながら言った。
「陽向は食い意地張ってんなぁ。ネットでそんなのばかり見てんのか。ハハハ…」
〈ようするに『腹減った』って言いたいんだろ?〉
佐々剛介が意地悪く指摘すると、狩野陽向は照れくさそうに笑った。
〈正直言うと、さっきから腹が減って、腹が減って、死にそうなんだよ。ハハハ…〉
しかし、彼らはお金を持っていないため、店に入ることができない。
剣道の練習中、財布は鍵付きのロッカーに仕舞っておく。
しかし、仮に財布を持ってたとしても、こんなとこで使えるのか。
メンバーは仕方なく店を素通りし、空腹のまま歩き続けた。
コンビニもない、自販機もない。
道なりに進むと、大きな屋敷の門が見えてきた。「葛西道場」と書いた看板が立っている。
門の前は無人だったが、近くに来ると、鋭い気合の声が聞こえてきた。
「どうやら剣道道場らしい…。どうする、みんな?」
松井大和が仲間たちに問いかけると、他のメンバーは不思議そうに訊ねた。
「ここが道場だって、何で分かったんだ?」横井岳人が大和に訊ねた。
「だって俺には聞こえるんだよ。竹刀の音や気合の声が」
大和は竹刀を打ち下ろすジェスチャーと口から声を出す仕草で伝えた。
〈本当か?あそこから声が〉
佐々剛介が疑わし気に建物を指さした。
「本当だってば。『道場』って書いてあるだろ?中を見てみろよ」
大和が看板を指さした。
五人は恐る恐る葛西道場の門をくぐり中に入った。
ガラスのない窓から中を覗くと、道場内では剣士たちが汗だくで稽古をしていた。
皆一様に頭を剃り上げ、髪を結っており、束ねた髪を頭頂部で留めていた。
〈あれは…やっぱりちょんまげだよな?どうみても〉
佐々剛介が神妙な表情で手でつぶやく。
指導者らしき人物が道場の中央で、他の剣士たちに混じって稽古をしていた。
指導者のように見えたのは、ひと際立派そうな胴着を着ていたから。
そこにいた剣士たちは、十数名だった。
指導者と比べると、皆みすぼらしい格好をしているように見える。
五人は緊張した面持ちで、しばらく道場内の様子を観察した。
つづく
