4
五人の剣士は、日が暮れ始める中で石ころだらけの道を黙々と歩き続けていた。
足元の小石が音を立て、スニーカーから弾け飛んだ。
彼らの表情には、疲れと絶望がにじみ出ていた。
狩野陽向も初めこそは好奇心でいっぱいだったが、今やその気持ちは冷め、不安だけが彼を覆い尽くしていた。
〈これ、本当にどういうことなんだ…?〉
と、陽向が手話で呟く。
誰も何も答えない。
彼の視線は足元の石に落ち、震える手でそれを拾い上げると、無力感を一層深めるようだった。
…石ころなんて、久々に拾ったよ…
時空の歪みによって数百年前に飛ばされてしまった現実を、どんなふうに受け止めるべきか、分からなかった。
一同は、店先で道に水を撒いている女性に声をかけた。
岳人がそばに行き「喉が渇いているので、少し飲ませて欲しい」と頼むと、「この水は汚なかよ」と彼女は言った。
「中に入んなっせ。飲み水ならただだけん。いくらでも飲みなっせ」彼らを店の中へと案内してくれた。
店内は温かい行燈の灯りがほのかに灯り、壁には木の棚に置かれた様々な食器や鍋が並んでいた。
畳敷きの座敷には、低いテーブルが幾つも並べられ、数人の客たちがくつろいでいた。食事の香ばしい匂いが漂い、心地よい賑やかさが広がっていた。
「今は金が無くて申し訳ないんですけど、少しの間だけ身体を休ませてもらえませんか」
大和が頼み込むと、女性は「よかよ。上がんなっせ」と微笑みながら応じてくれた。
彼女は、この飯屋のおかみだった。
あまり期待せずに、暦を訊ねてみたが、ちゃんと答えが返ってきた。現在の、つまりこの時代の年代は寛永十二年だという。
ざっと389年前だ。
細川忠利が熊本藩初代藩主となって三年目頃だろう。
彼らはスニーカーを脱ぎ、畳の間にゴロリと横になった。
「やっと横になれた!」
横井岳人が転がりながら声を上げると、一同もそれに応えて笑い声を上げた。
しかし笑いはすぐに途絶えた。
不安に押し潰されそうで、何だか虚しい。
横井岳人は、先ほどの葛西道場の門弟たちの態度を思い出し、声に出して言った。
「さっきのアレだけれどさぁ」
他の四人は岳人の方を見た。手話がなくても、読唇で話が分かることもある。
「弟子たちの傲慢な態度を見れば、葛西先生の技量も推し量れるというもんだよなぁ」
一同は頷き、大和が続けた。「あれで熊本藩の剣術指南役がよく勤まるもんだな…」
すると、おかみが振り向いて言った。「あら、葛西先生は指南役じゃなかですよ」何だか不満気だった。
狩野陽向は驚いて目を丸めた。〈えッ!?〉
女性は微笑みながら続けた。
「熊本藩の指南役は大久保先生です。大久保藤淳先生は、その卓越した剣の技量と人柄の良さで評判の高い方です」
松井大和は興味深そうに頷いた。
「へぇ、そうなんですか…」
女性は頷きながら続けた。
「特に、師範代の武蔵春信様は、大久保先生に匹敵するほどの実力を持つお方と聞いとります」
猿渡飛雄が疑問を持ちながら手話で尋ねた。
〈それなら、あの葛西道場って何なの?〉
女性は手話を見て、少し困った表情をした。
大和がその手話を通訳した。おかみはそれを聞いて答えた。
「米問屋の桐場(きりば)屋がご家老様に取り入って作らした道場です。ご家老様の息子が所属しとるけん、弟子の数はやたらと多かです。どうやら、ご家老は大久保先生に代わって剣術指南役にしなはるつもりばってん…」
「ばってん、何ですか?」岳人が訊ねた。
「あそこは、あんまり良か人はおらんです。意地の悪か人ばかり」
狩野陽向は呆れた様子で手話で言った。〈あんなのに指南役になられたら世も末だね〉
松井大和は評論家のような、訳知りな口調で言った。
「それって、アレだろ。ワイロとかだろ。桐場屋ってところがワイロを渡してんだろ。ワイロが横行してんなら、行政は腐敗しちゃってるよな」
それを聞いて、おかみは優しい表情で言った。
「あんたたち、若いのに話が分かるねぇ。腹減ってんでしょ。残り物でよかなら食っていきなっせ」
狩野陽向は嬉しそうに万歳をした。
〈えっ、そば切りだご汁を食べれんの。こいつはラッキー〉
大和が感謝の意を込めて言った。
「すみません。実は、腹が減って死にそうでした」
一同はおかみの好意で、温かいそば切りだご汁を食べることが出来たのだった。
つづく
