4 絵描きと音楽家
客室。
船が飛び立つ直前、パーサーに呼び出された猫背の男が席を外した。
マリコはその男の名前がジョージ・デラクだと知った。
「ジョージ・デラク…」と彼女はつぶやいた。
「どうしてパーサーはあの人と親しそうなのかな?」
男がいなくなると、マリコは話し相手を探した。
通路で遊んでいた男の子に声をかけてみた。
「ねえ、君はどこから来たの?」
だけど、彼は何も答えなかった。
首を振るだけだった。
言葉がわからないのだろう。
マリコは残念に思って、話しかけるのをやめた。
「あの子はどこの星の人なんだろう」とマリコは考えた。
「私は地球人だけど、この船に乗ってる人は色んな星から来てるんだよね」
ふと目に入ったモニターに映るニュースを見た。
「ジグムント首相は、古代エネルギーの悪用を阻止すると会談で宣言しました。そして、反乱軍に対して厳罰を科すと言いました。」
「ジグムント?誰だっけ?」
マリコは首をかしげた。
「ああ、それはマリナス星のニュースだよ」
「マリナスの?」
「そうだよ」
猫背の男が席を外してから、隣に若い男性が座っていた。
脇田と名乗った地球人で、聞いてもいないのに、独身だと自慢してきた。
「君はどこに行くの?」
「どこでもいいんじゃない」
生意気な人だな、とマリコは思った。
「さっきの人、知ってる?あの人、この船のパイロットなんだよ」
「えっ、本当?じゃあ、どうしてここに座ってたの?」
「仕事が終わったら客室でくつろぐんだってさ。僕も仕事でこの船を使うことが多くて、よく顔を見かけるんだ。同じ仕事仲間かと思って話しかけたら、パイロットだって言うんだから驚いたよ」
「同じ仕事仲間って、あなたは何をしてるの?」
「フリーライターだよ」
「へぇー。じゃあ、どこに行くの?」
「マリナス星だよ。最近、そこで色々と騒動が起きてるからね。僕は行きたくなかったけど、独身だからって勝手に飛ばされちゃってさ、困っちゃうんだよね」
「独身って何度も言われても困るわ。私12歳なんだから」
マリコは苦笑しながら言った。
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
その時、突然船が揺れ始めた。
「な、何だ?」
脇田は慌てて立ち上がった。
「みなさん、ご安心ください。ただ今代理パイロットが到着しました。ベテランパイロットのジョージ・デラクが操縦します。現在船は自動操縦で東京湾に停泊していますが、まもなく発進します。しばらくお待ちください」
場内放送の声が流れた。
「やっぱりジョージ・デラクが操縦するんだ」
マリコは脇田に聞いた。
「そうみたいだね。でも、これはラッキーだよ」
脇田は顔をほころばせた。
「どうして?」
「あの人、すごいパイロットなんだよ」
「本当?」
マリコの目が輝いた。
「この船のことなら何でも知ってるし、人柄もいいし」
脇田は小声で言った。
「君もそう思わない?」
マリコは頷いた。
「思うけど、まさかあんな人がパイロットだったなんて」
「大丈夫だよ、お嬢さん。もうすぐ船が出発するから」
脇田はマリコをなだめた。
脇田はマリコの隣の席に座った。
しかし、その時、再び船が揺れた。
今度は前よりも強く。
脇田はバランスを崩して床に倒れた。
マリコは思わず笑ってしまった。
「どんくさい人」
そして、室内が暗くなり、モニターに赤い文字が表示された。
…発進まであと10分。着席してください…。
マリコはモニターに目をやった。
10分後には宇宙に飛び出すのだと思うと、胸が高鳴った。
彼女は窓の外を見た。
東京湾の水面に満月が映っていた。
その光景をしばらく見つめていると、通路で遊んでいた男の子が近づいてきた。
彼はマリコの隣の席に座って、窓から外を眺め始めた。
彼は何か言おうとしているようだったが、声が出なかった。
彼は手を動かして何か伝えようとしたが、マリコは手話がわからなかった。
彼は紙とペンを取り出して、何か書き始めた。
彼は書き終えると、紙をマリコに渡した。
紙にはこう書かれていた。
『こんばんは。ボクの名前はユキオ。あなたの名前は?』
マリコは紙を見て驚いた。
彼は言葉がわからないのではなくて、聞こえないのだと気づいた。
彼はろう者だったのだ。
マリコはペンを借りて、紙に自分の名前を書いて返した。
『私はマリコ。よろしくね』
ユキオは紙を受け取って笑顔になった。
彼はまた紙に書き始めた。
『僕もよろしく。君も地球人?』
マリコは頷いて答えた。
『そうだよ。君も?』
ユキオは首を横に振って否定した。
『僕はクマモトケンから来たよ』
クマモトケン?
マリコはその地名が何なのかとっさには分からなかった。
『熊本県?』とマリコは紙に書いた。
『そうだよ。アソ山がある県だよ。あなたは知らないの?』
ユキオは紙に書き返した。
マリコは恥ずかしくなって、首を振った。
『ごめんね。私は東京なんで、九州のことは詳しくないの。でも、興味はあるよ』
マリコは素直に言った。
ユキオは優しく微笑んだ。
『いいよ。僕も東京のことに詳しくないから。でも、興味があるよ』
ユキオは紙に書いた。
二人は紙とペンを使って、お互いの住んでる地域のことや趣味や夢などを話し始めた。
男の子は10歳。祖父母と熊本で暮らしており、マリナスの両親に会いに行くのだそうだ。
文字を書くスピードはかなり速かった。
マリコはユキオが音楽が好きだと知って驚いた。
『音楽が好きなの?でも、聞こえないんでしょ?』
マリコは紙に書いて尋ねた。
ユキオは頷いて答えた。
『聞こえないけど、感じることができるんだ。音楽は振動だからね。僕は手や足や胸で音楽を感じるんだよ』
ユキオは紙に書いた。
マリコはそれを読んで感動した。
『すごいね。どんな音楽が好きなの?』
マリコは紙に書いて聞いた。
ユキオは考えてから答えた。
『僕はクラシックが好きだよ。特にベートーヴェンの曲が好きだ。彼もろう者だったんだよ』
ユキオは紙に書いた。
マリコはそれを読んで驚いた。
『ベートーヴェンもろう者だったの?それは知らなかったわ』
マリコは紙に書いた。
ユキオはうなずいて説明した。
『そうだよ。彼は若い頃から聴力を失って、最後には全く聞こえなくなったんだ。でも、彼は音楽を諦めなかった。彼の最高傑作の一つである第九交響曲を作った時、彼はすでに完全なろう者だったんだよ』
ユキオは紙に書いた。
マリコはそれを読んで感心した。
『すごいね。彼はどうやって音楽を作ったの?』
マリコは紙に書いて尋ねた。
ユキオは答えた。
『彼は鍵盤を弾く時、歯で鍵盤の端を噛んで振動を感じていたんだってさ。それで音階や和音やメロディーを思い出して、頭の中で音楽を作っていたんだよ』
ユキオは紙に書いた。
マリコはそれを読んで感動した。
『すごいね。彼は本当に音楽が好きだったんだね』
マリコは紙に書いた。
ユキオも同じ気持ちだった。
『そうだよ。彼は僕の憧れなんだ。僕も彼みたいに音楽を作りたいんだ』
ユキオは紙に書いた。
マリコはそれを読んで応援した。
『そういう夢があるのね。素敵だわ。応援してるよ』
マリコは紙に書いた。
ユキオは嬉しそうに笑った。
『ありがとう。君は何が好きなの?』
ユキオは紙に書いて聞いた。
マリコは答えた。
『私は絵が好きだよ。色んなものを描くのが楽しいんだ。特に動物や植物や星空が好きだよ』
マリコは紙に書いた。
ユキオは興味深そうに聞いた。
『絵か。どんな絵を描くの?見せてくれる?』
ユキオは紙に書いて頼んだ。
マリコは少し恥ずかしくなったが、了承した。
『いいよ。でも、今は紙とペンしかないから、あまり上手じゃないけどね』
マリコは紙に書いて言った。
そして、マリコは紙にユキオの顔を描き始めた。
彼女はユキオの髪や目や鼻や口などの特徴を細かく観察しながら、ペンでスケッチした。
彼女はユキオの表情を明るく描こうとしたが、彼の目には寂しさや孤独さが見えた。
彼女はそれを感じて、少し心配になった。
彼はろう者だから、人とコミュニケーションするのが難しいのだろうか?
彼は友達がいるのだろうか?
彼は幸せなのだろうか?
マリコはそんなことを考えながら、紙にユキオの笑顔を描き加えた。
彼女はユキオに笑ってほしかった。
彼女はユキオに幸せになってほしいと思った。
彼女はユキオに友達になってほしいと思った。
マリコは絵を完成させて、ユキオに見せた。
『どう?似てる?』
マリコは紙に書いて尋ねた。
ユキオは絵を見て驚いた。
彼は自分の顔が紙に描かれているのを見て、感動した。
彼は自分の顔がこんなにきれいに描けると思わなかった。
彼は自分の顔がこんなに優しく見えると思わなかった。
彼は自分の顔がこんなに笑っていると思わなかった。
ユキオは絵を見て笑った。
彼はマリコに感謝した。
『すごいよ。本当に上手だよ。ありがとう』
ユキオは紙に書いて言った。
マリコは嬉しくなって、返事した。
『どういたしまして。君もありがとう。君と話せて楽しかったよ』
マリコは紙に書いて言った。
二人は絵と紙とペンを交換して、お互いのものを大切に持った。
二人はお互いの目を見て、微笑んだ。
マリコは彼と友達になれそうな気がしていた。
つづく
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