第15話 五人の避難者
警官と自衛隊、解体業者による地区の鎮圧は、日が暮れるまで続いた。
僕が瓦礫の中を歩いていると、平石の姿を見つけた。
彼も施設を抜け出してきたらしい。
変わり果てた寮を前に、肩を落として立っていた。
〈おーい〉
僕は腕を高く上げ、大きく振った。
平石もすぐに気づいた。
その時、彼の後ろでショベルカーが動いた。平石はまるで気づいていない。
〈おい、後ろ!〉
僕が慌てて手を振ると、平石は振り返った。
大きなバケットが瓦礫を押し退けている。
平石は驚いてその場を離れ、僕のところまでやってきた。
〈何なんだ、この眺めは〉
憤りを隠そうともせず、平石が手を動かした。
〈こっちが聞きたいくらいだ〉
僕も同じだった。
考えれば考えるほど、何が起きているのか分からなくなる。
とりあえず僕たちは、寮の瓦礫から使えそうなものを探すことにした。
辺りはもう薄暗い。
雨が降る前に、回収できるものは回収しておいた方がいい。
寮の住人の多くは女性で、彼女たちも瓦礫の中から自分の荷物を探していた。
僕は埃だらけのノートパソコンを見つけた。
ボディーが少しへこんでいる。
間違いなく僕のパソコンだ。
恐る恐る蓋を開き、電源を入れてみる。
ディスプレイが点灯した。
生きてる。
それだけで、少し救われた気がした。
平石の方を見ると、三人の女性と一緒に瓦礫の上へ座り込み、大きな黒いディスプレイを眺めていた。
僕は近づいた。
〈何見てるんだい?〉
平石が手招きする。
〈君も見ろ〉
アイドラゴンだった。
どうやら電源が入るか試していたらしい。
しかし、画面は真っ暗だった。
〈コンセントが使えないんだよ。この辺り一帯、停電してるから〉
〈どうすれば観られるの?〉
女性の一人が僕に尋ねた。
どうすればって……。
僕は周囲を見回した。
三百メートルほど先に介護施設が見える。
あの建物だけは破壊されていない。
しかも、門前の灯りが点いていた。
〈ひとまず、あそこに運ぼう〉
僕が言うと、平石も頷いた。
〈泊めてもらえるかもしれない。ここにいても仕方ないしな〉
女性たちは項垂れながらも立ち上がった。
〈今夜、雨降るかな?〉
〈降らなきゃいいけど〉
〈お腹空いたね〉
〈施設で何か食べられないかな〉
そんな手話を交わしながら、三人は僅かな荷物を手に寮を離れた。
僕と平石はアイドラゴンを抱え上げ、その後を追った。
施設に着いた頃には、午後六時を過ぎていた。
中には照明が点いている。
すでに夜勤の時間帯だ。
建物が無事だからといって、ここへ泣きついていいものなのか。
少しためらった。
ここで働いているからこそ、人手不足なのはよく知っている。
今日なんて、まともに業務が回っているのかどうかも怪しい。
しかも僕と平石まで、勝手に抜け出してしまった。
玄関で一分ほど待っていると、ユニフォーム姿の女性介護職員がホールに顔を出した。
ベテランのスタッフだった。
「あら、あなたたち。大丈夫だった?」
「職員寮がいきなり取り壊されてしまって……。行くところが、ここしかなかったんです」
五人の中で、なんとか口話ができる僕が代表して答えた。
同時に、他の四人にも分かるよう手話で伝える。
「そうなの。誰が何のために、こんなひどいことを……」
「警察と自衛隊と解体業者がやってるみたいなんですけど、何のためなのかは……」
「警察と自衛隊と解体業者?」
彼女は不可解そうな顔をした。
「見間違いかと思ってたんだけど、やっぱりそうなの……」
僕は頷いた。
「こちらは停電していないんですね」
「ええ、今のところは。でも、いつ停電してもおかしくないから、今その準備をしてるところ。正直、私たちもどうしていいのか分からないの。あなたたちは?」
僕は後ろを振り返った。
四人が、すがるような目でこちらを見ている。
責任重大だ。
「僕ら、行く場所がないんです。今夜だけでも、ここに泊めてもらえませんか。寮は屋根までなくなってるし、雨も降りそうだし……」
他の四人も彼女に向かって手を合わせた。
「ここにいていいと思うわ」
その言葉に、僕たちは揃って安堵した。
「ただ、今どことも連絡が取れなくてね。加田崎さんも急にいなくなってしまったの」
「えっ、加田崎さんが?」
「そうなの。私が夜勤に入った時には事務所にいたんだけど、内線で『すぐ帰ってくるから』って言い残して、施設から出ていっちゃったのよ」
僕は四人を振り返った。
〈事務長はトンズラ〉
四人が怪訝な顔をした。
「残ったスタッフも、どうしていいのか分からないの。日勤の人たちはもう帰ったし」
それはそうだろう。
彼女たちは、たまたま勤務ローテーションで、こんな日に夜勤になっただけなのだ。
「立ってないで、とにかく上がって」
促され、僕たちは靴を脱いでホールに上がった。
荷物を壁際に置く。
「申し訳ないけど、お年寄りがご飯を待ってるの。これでいいかしら」
彼女は食事スペースが気になって仕方がない様子だった。
「すみません、仕事の邪魔をして。僕たちは大丈夫です。どうぞお構いなく」
彼女が姿を消すと、僕たち五人は玄関ホールに力尽きたように座り込んだ。
平石と女性の一人が、重たいアイドラゴンを壁に立てかける。
女性が近くにコンセントを見つけ、平石がプラグを差し込んだ。
何だか少し楽しそうだ。
こんな状況なのに。
いや――。
平石の様子が、いつもと少し違う。
さっきから見ていると、どうもあの女性と親しげなのだ。
ひょっとして、付き合ってたりして……。
平石が僕を呼んだ。
〈おい。何も映らんぞ〉
僕はそばへ行き、設定画面を開いた。
この施設のWi-Fiのパスワードは、以前調べたことがある。
入力して接続する。
画面が切り替わった。
〈おぉ、映ったぞ。さすがプログラマーだ〉
バカヤロー。
犬でもできるわ。
アイドラゴンの画面に、見慣れた手話放送が映し出された。
平石と女性は顔を見合わせ、他の二人を手招きした。
四人で画面を見始める。
僕はその様子を眺めながら、急に疲れを感じていた。
今日は、いろいろありすぎた。
今夜はこの硬い床で、荷物に寄りかかって眠ることになるのだろう。
自分のリュックを引き寄せた時、平石が振り返った。
アイドラゴンを指差している。
〈どうした?〉
〈いた〉
平石が大きく目を見開いた。
画面を指差す。
いた?
何が?
僕も画面を見る。
物置のような場所だった。
中央には大きなデスクがあり、女性アナウンサーが原稿を読んでいる。
平石が指しているのは、その女性ではなかった。
後ろだ。
背景に二人の男が映り込んでいる。
腕を組み、しかつめらしい顔で立っていた。
左に船橋。
そして右には――。
加田崎がいた。
つづく
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