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警官と自衛隊、解体業者による地区の鎮圧は、日が暮れるまで続いた。

僕は集落の瓦礫の中を歩き回っていると、平石の姿を見つけた。彼もまた施設を抜け出していたのだ。平石は変わり果てた寮を見つめ、肩を落としていた。

〈おーい〉

僕は腕を高く上げて大きく振り、平石を呼んだ。彼もすぐに僕に気づいた。

近くではブルドーザーが動いていて、無造作に民家を踏み潰している。平石が轢かれそうになった。

〈おーい、後ろに気をつけて!〉

平石は後ろを振り返り、驚いてこちらへやってきた。

〈何なんだ、この眺めは〉

平石は憤りながら手を動かした。

〈こっちが聞きたいくらいだ〉

僕も憤りを隠せなかった。

それでも二人は何とか再会を果たした。僕たちは冷静にこの騒ぎを理解しようとしたが、考えれば考えるほど頭がこんがらがってきた。

とりあえず、寮の瓦礫の中から使えそうな物を探し始めた。辺りは薄暗くなっていた。雨が降る前に回収できる物は回収しておかなくては。

寮の住人の多くは女性で、彼女たちも私物の回収に懸命だった。僕は埃だらけのノートパソコンを見つけ出した。ボディーがへこんでいるが、間違いなく僕のパソコンだ。蓋を開け、起動してみる。ディスプレイが点灯し、僕は安堵した。

平石の方を見ると、彼は三人の女性とともに瓦礫に腰を降ろし、大きな黒いキャビネットをじっと見つめていた。僕は近づいて尋ねた。

〈何見てるんだい?〉

平石は僕に手招きした。

〈君も見ろ〉

それはアイドラゴンだった。電源が入るかどうか試していたようだが、画面は消えたままだった。僕のパソコンは起動したが、アイドラゴンは充電式ではない。

「コンセントが使えないんだよ」僕は言った。

「停電しているからな、この辺り一帯は」

「どうすれば観られるの?」

女性たちが僕を見上げて尋ねた。

「どうすればって…」

僕は周囲を見回し、300メートル先の介護施設に目を止めた。施設は無傷で倒壊を免れていた。門前の灯りが点いている。

「ひとまずあそこに運ぼう」

僕が言うと、平石は頷いた。

「泊めてくれるかもしれないし、ここにいても仕方ない」

女性たちは項垂れつつ、仕方なく立ち上がった。

「今夜、雨降るかな?」

「降らなきゃいいけど」

「お腹空いたね」

「施設で何か食べられないかな」

女性たちは僅かな荷物を手に、寮の瓦礫から離れた。僕と平石は大きなディスプレイを抱え上げ、彼女たちの後について介護施設を目指した。

施設の玄関にたどり着くと、中は照明が点いていた。時刻は18時を過ぎ、施設では既に夜勤の時間帯だった。

施設が倒壊を免れたからといって、泣きついていいものやら…。ここで働いているからこそ、人手不足の実情を知っているし、ためらいもあるのだ。今日は職員の数が足りていないだろうし、業務がこなせているかどうかも怪しかった。僕も平石も抜けてしまったし。

それでも玄関で1分ほど待っていると、ユニフォーム姿の女性介護職員がホールに顔を出し、僕たちに声をかけた。

「あら、あなたたち、大丈夫だった?」

ベテランスタッフの彼女が言った。

「職員寮がいきなり取り壊されてしまって。行くところが、ここしかなかったんです」

五人のメンバーのうち、なんとか口話ができる僕が代表して答えた。他の四人にも分かるよう手話でも伝えた。

「そうなの。誰が何のためにこんなひどいことを…」

彼女は当然の疑問を漏らした。

「警察と自衛隊と解体業者がやってるらしいんだけど、何のためにって…」

「警察と自衛隊と解体業者?」

彼女は不可解な顔をした。


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「見間違いだと思っていたんだけど、やっぱりそうなの…」

僕は頷き、さらに尋いた。

「こちらは停電していないんですね」

「ええ、今のところ停電してないわ。でも今、停電に備えているところ。正直どうしていいか分からない状況なの。あなたたちは?」

僕は後ろのメンバーを振り返った。皆すがるような目で僕を見ている。責任重大だ。

「僕らは行く場所がなくて。今夜はここに泊めてもらえないかなと思って。寮は屋根もなくなってるし、雨も降りそうだし…どうにかなりませんか?」

他の4人も彼女に手を合わせた。

「ここにいていいと思うわ」

僕たちは安堵の溜息をついた。

「でも今、どことも連絡が取れなくて。加田崎さんも急にいなくなってしまって」

「えっ、加田崎さんいないんですか?」

「そうなの。私が夜勤に入った時にはまだ事務所にいたんだけど、内線で『すぐ帰ってくるから』と言い残して、施設から出ていってしまったの」

一応、他の四人にも手話で伝えておこう…〈事務長はトンズラ〉

四人は怪訝な顔をした。

「残った介護スタッフはどうしていいのか分からないの。日勤スタッフは帰宅したけど」

分からなくて当然だ。たまたま勤務ローテーションでこんなひどい日に夜勤だっただけなのだ。

「立ってないで、とにかく上がって」

僕たちは彼女に促されて、靴を脱いでホールに上がった。それぞれの荷物を壁際の床に置いた。

「申し訳ないけど、お年寄りがご飯を待ってるの。これでいいかしら」

彼女は食事スペースの様子が気になる様子だった。

「すいません、仕事の邪魔をして。僕たちは大丈夫です。どうぞお構いなく」

彼女が姿を消すと、僕たち五人は、玄関ホールに力尽きたように座り込んだ。平石と女の子の一人が、重たいアイドラゴンを壁に立てかけていた。女の子が壁の近くにコンセントを見つけ、平石がそこに差し込んだ。

何だか少し楽しげ。こんなに悲惨な状況なのに。

僕は平石がいつもと様子が違っていることが気になった。さっきから見ていると、平石のやつ、どうもあの子と親しげだな。ひょっとすると、付き合っていたりして…。

平石が僕を呼んでいた。

〈おい、何も映らんぞ〉

僕は側へ行き、設定画面を呼び出した。この施設のWiFiパスワードは、以前調べたことがある。それを入力して、接続完了。

〈おぉ、映ったぞ。さすがプログラマーだ〉

バカヤロー。犬でもできるわ。

アイドラゴンのディスプレイでは、見慣れた手話放送が始まった。平石と彼女は顔を見合わせ、他の二人を手招いた。それから四人でテレビを観始めた。

僕は彼らを眺めながら、かなり疲労を感じていた。硬いホールの床で荷物に寄りかかって寝るしかない。

自分のリュックを引き寄せた時、平石が僕を振り返ってアイドラゴンのディスプレイを指さした。

〈どうした?〉僕は尋ねた。

〈いた〉平石は大きく目を見開き、ディスプレイに人差し指を近づけた。

いた…って何が?

画面には物置のようなスタジオセットが映し出されていた。大きなデスクが画面中央にあり、そこには女性アナウンサーが原稿を音読している姿があった。

平石が指し示していたものは、その女性の背景にあった。腕組みをしながら、しかつめらしく画面に映り込んでいる二人組の男性だ。

左側が船橋で、右が加田崎だった。

つづく

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