気がつくと、僕と平石はエレベーターの中にいた。
ここまで来てしまった以上、外へ戻るのも怖い。
僕たちは3D銃をそれぞれ服の中に隠した。
〈上に行く? 地下に行く?〉
僕は平石に訊ねた。
〈地下には駐車場があるかもしれない。逃げるなら地下だな〉
平石はそこで一度、天井を見上げた。
〈でも俺は、あのドローンがどこへ行ったのか確かめたい〉
僕も同じことを考えていた。
ここから逃げたところで、また同じことの繰り返しだ。
〈俺も行く〉
平石が適当な階のボタンを押した。
十五階だった。
エレベーターが止まり、扉が開いた。
僕たちは、その場で固まった。
広いフロアいっぱいに、黒い機体が並んでいる。
ドローンだった。
これまで何度も僕たちの頭上に現れた、あの黒いドローン。
一列や二列ではない。
何十列も並んでいる。
ざっと見ただけでも、二百機以上はありそうだった。
〈閉めろ〉
僕は慌てて手話した。
平石が閉ボタンを連打した。
扉が閉まる。
二人とも黙った。
〈……当たりじゃないか?〉
平石が言った。
〈何が?〉
〈ここだよ。ドローンの基地〉
僕は閉じた扉を見た。
〈あれ全部、街に飛ばすつもりなのかな〉
〈もう飛ばしてるんじゃないか?〉
そうか。
僕たちが見ていたのは、その一部に過ぎなかったのかもしれない。
気味が悪くなってきた。
〈どうする?〉
〈他の階も見てみよう〉
〈まだ行くの?〉
〈ここまで来たんだぞ〉
そう言われると、僕も引き下がれなかった。
エレベーターのボタンを見る。
最上階の表示の横に「研修会場」と書いてあった。
研修会場。
少なくとも、武器庫とは書いてない。
〈ここにしよう〉
〈何で?〉
〈研修会場だから〉
平石は僕をじっと見た。
〈だから何だよ〉
〈知らんよ。押すぞ〉
僕はボタンを押した。
我ながら、根拠のない判断だった。
エレベーターは上昇し、やがて最上階で止まった。
扉が開く。
一人の男が立っていた。
僕と平石は同時に身体を硬くした。
スーツ姿の男だった。
髪をきれいにオールバックにして、妙に優しそうな目をしている。
男は僕たちを見ると微笑んだ。
「ようこそ、研修会場へ。研修の参加者様ですか?」
流暢な日本語だった。
ただ、声もイントネーションも恐ろしく変だった。
僕は補聴器をつけていたので、何とか聞き取ることができた。
「はい。お招きいただいて光栄です。初めてですので、よろしくお願いいたします」
口から出任せだった。
隣で平石が僕を見た。
何言ってんだ、こいつ。
たぶん、そんな顔だった。
ところが男は何の疑いもなく、僕たちを中へ通した。
僕も平石も、どう見ても研修会に参加するような身なりではない。
どうやらドレスコードはないらしい。
平石は手話をやめていた。
僕も黙って通路を歩いた。
何の研修なのか。
誰が研修を受けるのか。
そもそも、どうして僕たちはこんなところを歩いているのか。
何ひとつ分からない。
やがて通路の先から、人の話し声が聞こえてきた。
僕はスマホを取り出し、音声文字変換を起動した。
画面に文字が流れ始める。
『地区の障害者団体を装った反乱組織の集会所を鎮圧し、リーダー及び有力メンバーの捕殺に成功。レジスタンス勢力の制圧に成功しました。これより平時の業務に戻ってください。以後の指示は追って通達します』
僕は立ち止まった。
平石がスマホを覗き込む。
〈何だって?〉
僕は画面を見せた。
平石はしばらく読んでから、指文字を使った。
〈レジスタンスって何だ?〉
〈抵抗勢力って意味じゃないかな〉
僕は答えた。
〈つまり、俺たちのこと〉
平石は怪訝な顔をした。
〈俺たちは逃げ回ってるだけだろ。何で抵抗なんだ?〉
僕にもよく分からん。
突き詰めて言うと、追い詰められたゴキブリとよく似ているかもしれない。
ゴキブリはゴキブリの都合で生きているだけで、ヒト様の生活を脅かそうなどとは微塵も思っていない。
ところがヒト様に追い詰められると、壁によじ登り、普段は滅多に使わない黒光りする羽を広げ、殺虫剤を握りしめた人間めがけて飛んでくる。
あれを人間側から見れば、立派な反撃なのだ。
……ああ、もうやめだ。
突き詰めて考えるんじゃなかった。
アナウンスが終わると、通路の向こうから歓声が上がった。
僕は再びスマホを向けた。
『いいぞ。あんな奴ら、いない方が清々するぜ』
迷彩服姿の自衛官が五、六人、笑いながら騒いでいた。
僕と平石は通路の端に身を寄せた。
誰もこちらを気にしていない。
『今夜は一網打尽の祝杯だ。飲もうぜ。勝利の美酒だ』
リーダーらしき男が言った。
みんな上機嫌だった。
僕は黙って彼らを見た。
船橋はどうなった。
加田崎は。
あそこにいた人たちは。
凛々子は逃げられたのか。
こいつらは、さっきまで僕たちがいた場所を襲った連中だ。
ゴキブリに気持ちというものがあるなら、こんな感じなのだろう。
ゴキブリに勝ったくらいで、何が「勝利の美酒」だ。
ボケ。
自衛官たちは笑いながら通路の角を曲がり、やがて姿を消した。
僕と平石はしばらく待った。
誰も戻ってこない。
再び歩き始める。
〈なあ〉
平石が手話した。
〈さっきの「レジスタンス制圧」って……〉
〈ああ〉
僕は頷いた。
間違いない。
船橋たちの集会所だ。
僕たちがついさっき逃げ出してきた、あの場所だった。
つづく
