世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 31 敵の本拠地

サイレント・レジスタンス 31 敵の本拠地

第31話 敵の本拠地


 気がつくと、僕と平石はエレベーターの中にいた。


 ここまで来てしまった以上、外へ戻るのも怖い。


 僕たちは3D銃をそれぞれ服の中に隠した。


〈上に行く? 地下に行く?〉


 僕は平石に訊ねた。


〈地下には駐車場があるかもしれない。逃げるなら地下だな〉


 平石はそこで一度、天井を見上げた。


〈でも俺は、あのドローンがどこへ行ったのか確かめたい〉


 僕も同じことを考えていた。


 ここから逃げたところで、また同じことの繰り返しだ。


〈俺も行く〉


 平石が適当な階のボタンを押した。


 十五階だった。


 エレベーターが止まり、扉が開いた。


 僕たちは、その場で固まった。


 広いフロアいっぱいに、黒い機体が並んでいる。


 ドローンだった。


 これまで何度も僕たちの頭上に現れた、あの黒いドローン。


 一列や二列ではない。


 何十列も並んでいる。


 ざっと見ただけでも、二百機以上はありそうだった。


〈閉めろ〉


 僕は慌てて手話した。


 平石が閉ボタンを連打した。


 扉が閉まる。


 二人とも黙った。


〈……当たりじゃないか?〉


 平石が言った。


〈何が?〉


〈ここだよ。ドローンの基地〉


 僕は閉じた扉を見た。


〈あれ全部、街に飛ばすつもりなのかな〉


〈もう飛ばしてるんじゃないか?〉


 そうか。


 僕たちが見ていたのは、その一部に過ぎなかったのかもしれない。


 気味が悪くなってきた。


〈どうする?〉


〈他の階も見てみよう〉


〈まだ行くの?〉


〈ここまで来たんだぞ〉


 そう言われると、僕も引き下がれなかった。


 エレベーターのボタンを見る。


 最上階の表示の横に「研修会場」と書いてあった。


 研修会場。


 少なくとも、武器庫とは書いてない。


〈ここにしよう〉


〈何で?〉


〈研修会場だから〉


 平石は僕をじっと見た。


〈だから何だよ〉


〈知らんよ。押すぞ〉


 僕はボタンを押した。


 我ながら、根拠のない判断だった。


 エレベーターは上昇し、やがて最上階で止まった。


 扉が開く。


 一人の男が立っていた。


 僕と平石は同時に身体を硬くした。


 スーツ姿の男だった。


 髪をきれいにオールバックにして、妙に優しそうな目をしている。


 男は僕たちを見ると微笑んだ。


「ようこそ、研修会場へ。研修の参加者様ですか?」


 流暢な日本語だった。


 ただ、声もイントネーションも恐ろしく変だった。


 僕は補聴器をつけていたので、何とか聞き取ることができた。


「はい。お招きいただいて光栄です。初めてですので、よろしくお願いいたします」


 口から出任せだった。


 隣で平石が僕を見た。


 何言ってんだ、こいつ。


 たぶん、そんな顔だった。


 ところが男は何の疑いもなく、僕たちを中へ通した。


 僕も平石も、どう見ても研修会に参加するような身なりではない。


 どうやらドレスコードはないらしい。


 平石は手話をやめていた。


 僕も黙って通路を歩いた。


 何の研修なのか。


 誰が研修を受けるのか。


 そもそも、どうして僕たちはこんなところを歩いているのか。


 何ひとつ分からない。


 やがて通路の先から、人の話し声が聞こえてきた。


 僕はスマホを取り出し、音声文字変換を起動した。


 画面に文字が流れ始める。


『地区の障害者団体を装った反乱組織の集会所を鎮圧し、リーダー及び有力メンバーの捕殺に成功。レジスタンス勢力の制圧に成功しました。これより平時の業務に戻ってください。以後の指示は追って通達します』


 僕は立ち止まった。


 平石がスマホを覗き込む。


〈何だって?〉


 僕は画面を見せた。


 平石はしばらく読んでから、指文字を使った。


〈レジスタンスって何だ?〉


〈抵抗勢力って意味じゃないかな〉


 僕は答えた。


〈つまり、俺たちのこと〉


 平石は怪訝な顔をした。


〈俺たちは逃げ回ってるだけだろ。何で抵抗なんだ?〉


 僕にもよく分からん。


 突き詰めて言うと、追い詰められたゴキブリとよく似ているかもしれない。


 ゴキブリはゴキブリの都合で生きているだけで、ヒト様の生活を脅かそうなどとは微塵も思っていない。


 ところがヒト様に追い詰められると、壁によじ登り、普段は滅多に使わない黒光りする羽を広げ、殺虫剤を握りしめた人間めがけて飛んでくる。


 あれを人間側から見れば、立派な反撃なのだ。


 ……ああ、もうやめだ。


 突き詰めて考えるんじゃなかった。


 アナウンスが終わると、通路の向こうから歓声が上がった。


 僕は再びスマホを向けた。


『いいぞ。あんな奴ら、いない方が清々するぜ』


 迷彩服姿の自衛官が五、六人、笑いながら騒いでいた。


 僕と平石は通路の端に身を寄せた。


 誰もこちらを気にしていない。


『今夜は一網打尽の祝杯だ。飲もうぜ。勝利の美酒だ』


 リーダーらしき男が言った。


 みんな上機嫌だった。


 僕は黙って彼らを見た。


 船橋はどうなった。


 加田崎は。


 あそこにいた人たちは。


 凛々子は逃げられたのか。


 こいつらは、さっきまで僕たちがいた場所を襲った連中だ。


 ゴキブリに気持ちというものがあるなら、こんな感じなのだろう。


 ゴキブリに勝ったくらいで、何が「勝利の美酒」だ。


 ボケ。


 自衛官たちは笑いながら通路の角を曲がり、やがて姿を消した。


 僕と平石はしばらく待った。


 誰も戻ってこない。


 再び歩き始める。


〈なあ〉


 平石が手話した。


〈さっきの「レジスタンス制圧」って……〉


〈ああ〉


 僕は頷いた。


 間違いない。


 船橋たちの集会所だ。


 僕たちがついさっき逃げ出してきた、あの場所だった。

つづく

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