31
気がつくと、僕と平石はビルのエレベーターの中にいた。
二人は3D銃をそれぞれのポケットに仕舞った。
〈階上に行く? 地下に行く?〉
僕は平石に訊ねた。
〈地下には駐車場があるかもしれない。脱出するなら地下だけど、俺はドローンの行方を確かめたい〉
平石は真っすぐに僕を見て答えた。
恐らくここを逃げても、また逃げ続けることになる。
〈俺もドローンを追いたい〉
僕は平石に同意した。
エレベーターは15階で止まった。
扉が開くと、僕たちは目を疑った。
その階のフロアには、僕たちが見かけたのと同じタイプのドローンがずらりと並んでいたからだ。
ざっと数えて200機以上。
〈まさか、このビルが敵の本拠地?〉
平石は驚いた顔で手話した。
〈そうかもしれない。でも、どうしてこんなに多くのドローンがあるんだ?〉
僕は疑問に思った。
〈もしかしたら、エイリアンはこれらのドローンを使って、何か大きな計画を企んでいるのかもしれない〉
平石は推測しつつ、手を動かした。
〈大きな計画って、何だろう? 地球侵略ってのは大前提として〉
僕は尋ねた。
〈わからない。でも、これだけの数のドローンなら、色んなことができるはず。例えば、スパイ活動や暗殺やテロや……〉
平石は言葉を濁すように、手話を止めた。
僕は平石の言葉に恐怖を感じていた。
もし、敵が本当にドローンでそんな段階を踏むつもりなら、看過できない。
〈じゃあ、どうする?〉
僕は平石に訊ねた。
〈他の階に行ってみよう。敵の情報を探す必要がある〉
平石は提案した。
〈分かった。上に行くんだな〉
僕は平石に続いて、エレベーターに乗り込んだ。
エレベーターのボタンを見ると、最上階の表示の横には「研修会場」と書かれていた。
研修会場に武装集団が待ち構えていることはあるまい。
僕は思い切ってそのボタンを押した。
エレベーターが最上階に到着した。
扉が開くと、そこには一人の男が立っていた。
男はスーツ姿で、オールバックのヘアスタイル。優し気な目をしていた。
男は僕を見て微笑んだ。
「ようこそ、研修会場へ。研修の参加者様ですか?」
彼は流暢な日本語で話した。声もイントネーションも恐ろしく変だった。
今は補聴器をはめているから、多少の受け答えはできる。
僕は努めて笑顔で答えた。
「お招きいただいて光栄です。初めてですので、よろしくお願いいたします」
僕も平石もラフな身なりだったが、ドレスコードはないらしく、すんなりと会場に通された。
平石はここでは手話を止めていた。
結局何も分からないまま、二人は会場の通路を進んだ。
やがて通路の先から、人の話し声が聞こえてきた。
僕はスマホを取り出し、音声文字変換アプリを起動した。
『地区の障がい者団体を装った反乱組織の集会所を鎮圧し、リーダー及び有力メンバーの捕殺に成功。レジスタンス勢力の制圧に成功しました。これより平時の業務に戻ってください。以後の指示は追って通達します』
スピーカーからのアナウンスの声らしい。
〈何だって?〉
平石が僕のスマホを覗いた。
〈『レジスタンス』って何だ?〉
平石は指文字を使って訊ねた。
〈『抵抗勢力』のことじゃないかな? つまり俺たちのこと〉
平石は怪訝な顔をした。
〈俺たちはただ、逃げ回ってるだけだろ? 何で『抵抗』なんだ?〉
僕にもよく分からん。
突き詰めて言うと……追い詰められたゴキブリとよく似ているかもしれない。
ゴキブリはゴキブリの都合で生きているだけで、ヒト様の生活を脅かそうなどとは微塵にも思っていない。
従ってヒト様に追い詰められたゴキブリは、壁によじ登り、あまり使用することのない黒光りする羽を広げ、殺虫剤を握りしめた人間に立ち向かっていく……ああ、もうやめだ。突き詰めて言うのは良くない。

アナウンスに続いて、荒々しい歓声が沸き起こった。
僕はまた通路の先に、スマホをかざした。
『いいぞ、あんなやつら、いないほうが清々するぜ』
迷彩服の自衛官たち、5、6人がはしゃぎ合っていた。
僕と平石は通路の端で立ち止まり、遠巻きにその様子を見守った。
切ない気持ちだった。
ゴキブリに気持ちというものがあるとすれば、こんなものだろう。
『今夜は一網打尽の祝杯だ。飲もうぜ。勝利の美酒だ』
リーダーらしき自衛官がそう言うと、一同はくるりと踵を返し、通路の岐路へと進み、やがて姿を消した。
ゴキブリに勝ったぐらいで、何が「勝利の美酒」だ、ボケ。
僕と平石は、彼らがいなくなるのを待って、再び通路を歩き始めた。
〈レジスタンス制圧〉で鎮圧されたのは、間違いなく、船橋たちの集会所のことに違いなかった。
つづく

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