36
僕と平石は、立山と共に、ディスプレイだらけの部屋から出た。
生真面目な人間が、B級ホラー映画の試写室にいたようなものだ。
胸糞悪いものを見た怒りが治まらなかった。
部屋を出ると、通路に銃を抱えた二人の自衛隊員が立っていた。
彼らの顔色はこれまで見た中でも酷く悪く、無表情で壁を凝視していた。
末期のステージには、ああいった感じになるのだろう。
通路にはその先にも、似たような兵士たちが等間隔で立っていた。
単なる監視係にも見えるし、厳戒態勢を敷いているようにも見える。
僕は元上司に尋ねた。
「向こうのエリアに行けないんですか?」
彼は少し困ったように天井を見上げた。
「なんで行きたがるんだ? さっきの面接室でも見たいのか」
「いいですね。もっと面白いものもありそうだし、あなたなら顔が利くんでしょ」
僕がそう言うと、男は嬉しそうに破顔した。
「ハッハッハ。そりゃそうだけど、まいったなあ」
立山は言った。
この男は持ち上げると、扱いやすいな。
「あのソルジャーたちとは知り合いなんだ」
立山は通路の行く手に立ち塞がる二人のゾンビ兵に歩み寄った。
「お勤めご苦労様です。後輩を連れてきたんです。中を案内したいんですが、いいですか? いいですよね」
と慇懃に言った。
ゾンビの自衛官は無表情に、声を押し殺すように言った。
「ああ、あんたか。パスコード認証が必要だな。スマホ持ってるか?」
立山はスーツからスマホを出した。
自衛官は小型の端末でスマホ画面をスキャンした。
「O.Kだ。そっちの二人もだ」
「僕らもスマホを出すのかい」
僕はすっとぼけながら言った。
「当たり前だ。持ってないのか」
「さっき持ってただろ」
立山が急かした。
僕は初めからスマホを取り出すつもりなどなかった。
「ああ、こちらにございますとも」
僕と平石は申し合わせたようにリュックから3Dマシンガンを引き抜き、二体のゾンビに向けて発砲した。

銃は眩く輝き、二体とも一撃で倒れた。
立山は目を丸くした。「き、君たち、何を」
うるせー、行動開始だ。
僕は平石に通路の先を指さした。
〈向こうに行くぞ〉
平石と僕は、通路で呆然としているゾンビたちを次々と銃で狙い撃った。
ゾンビが倒れると、立山のタキシードの襟首を掴んだ。
「面接室はどこだ?」
「そ、そこの角を曲がったところだ」
角を曲がると、広い窓ガラスの壁が見えた。
窓の向こう側には、ディスプレイで見た映像と同じ凄惨な光景があった。
あの応募者も倒れたままだ。面接官のゾンビの二人は既に退室していた。
僕は窓枠をコツコツと銃で叩いてみた。
僕は平石に手話で言った。
〈彼は死んでるんだろうな。身動きもしない〉
今度は元上司に向かって訊ねた。
「どこにあるんだ? エイリアンの頭脳ってやつは」
彼は怯えながら言った。
「たぶん最上階だ。ドローンは屋上に並んでいると思う」
あれ、まあ、簡単に口を割ってくださるやつだ。
僕は立山を平石の側まで引っ張った。
僕は平石に手話で言った。
〈こいつが協力すれば、ドローンの監視装置を破壊できるかも〉
手話が読めるはずもない立山が、雰囲気だけで察して反論してきた。
「無茶だ。この様子も監視されてるんだぞ。絶対に阻止される」
平石は3D銃を構えて、立山を黙らせようとした。
人間への殺傷力はないが、クズ男を黙らせる威力はあるかも。
立山がウイルスに感染しているかどうかも、簡単に判明する。
立山は立山で言い分があるらしく、両手を挙げ必死の形相で詰め寄ってきた。
「取引をしよう。落ち着いてくれ」
立山は言った。
「俺は君たちに全面的に協力する。ドローンの誘導装置まで案内する。その代わり、俺を一緒に連れ出してくれ。エイリアンの支配から逃げ出したい」
「スマホとかパスコードがあれば出入りできるんだろ?」
「いや、施設内を自由に移動できるだけだ」
「つまりあんたは、囚われの身ってことかい?」
「恥ずかしながら、そうらしい。高額の報酬に目がくらんで、やつらに騙された」
僕は平石に目配せした。
〈今の分かったかい? やはり信用できそうもない〉
〈分からないぞ。利用価値はあるかもしれない〉
僕は元上司に言った。
「分かった。協力するなら、連れ出してやる。でも、裏切ったら撃つぞ」
男は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。心配しないでくれ。でも俺知ってるぜ。その銃じゃ人間を殺せないんだろ? お前さんが前の会社で組み立ててたやつだろう」
そう言いながら、彼はスマートフォンを取り出した。
「これがパスコード認証のアプリだ。俺が入力すれば、面接室に入れる」
彼はスマホ画面に指を走らせた。
すると、面接室のドアが開いた。
僕と平石は銃を構えて、中に入った。
倒れたままの応募者はやはり動かなかった。やはり死んでいるのだろう。
僕は立山に言った。
「彼はなぜ殺されたんだ」
「この男は面接前に試験を受けてるはずだ」
「試験?」
「合格基準に満たなかったんだ。だから殺された」
「殺す必要ないだろ」
「ここで見聞きしたことを口外されると困るんだ。そういうもんなんだ。俺も殺されてておかしくない」
平石がやり切れない表情でうなだれた。読唇で話が読み取れたのだ。
「それで、この後どうするんだ?」
僕は先を促した。
「この面接室には、ドローンの監視装置にアクセスできる端末がある。そこで、ドローンの制御プログラムを書き換えることができる」
彼は壁に埋め込まれたタッチパネルを指さした。
「ここだ」
僕と平石は壁に近づいて見た。
タッチパネルには、ドローンの映像が映っていた。屋上に並んでいるおびただしい数のドローンの眺めだった。
彼は言った。
「これらのドローンは、エイリアンの頭脳と直結している。脳波で操作できるらしいんだ。エイリアンがドローンという眼を通して、人間やゾンビを監視しているんだ。逆に言えば、ドローンを乗っ取れば、エイリアンの支配から逃れることができると思うんだが」
元上司は急に口ごもってしまった。
僕は当然の疑問を口にした。
「どうやって乗っ取るんだ?」
男は言った。
「ドローン自体はやつらが持ち込んだモノじゃない。元々地球で製造されたものだ。ドローンの制御プログラムにバグがある。それを利用すれば、ドローンの動作を自由に変えられる。例えば、ドローン同士で戦わせたり、自爆させたりもできる」
僕と平石は驚いた。
「本当か? それなら、なぜ今までやらなかったんだ?」
元上司は苦笑した。
「俺はこのプロジェクトの元開発者なんだ。それができるのは俺だけなんだよ。ドローンの制御プログラムも俺が作ったものだ。だから、脅威となりかねない。用済みとなり次第、ここに閉じ込められてしまった」
僕は男の言葉を疑った。
「ん? 有能なんだろ。なんで閉じ込められるんだ」
元上司は自嘲気味に言った。
「さっきの男と同じ理屈さ。外へ放せば脅威になると思ったんだろう。俺はアタマはあるんだが、体力は空っきしだ。だから、単独で逃亡する度胸はない。あんたたちのような仲間を必要としていた」
僕は思考停止した。隣の平石に訊いた。
〈どう思う?〉
〈分からない。でも、全く無策じゃ、エイリアンに勝てない。彼の言うことを試してみるしかないんじゃないか?〉
僕は元上司に言った。
「分かった。協力しよう。でも、君を助けるつもりなんて、全くないからな」
「わかってる。助けなくていい。ここは結束してエイリアンをやっつけよう。ひとまず最上階に行かなきゃ」
そう言って、彼はタッチパネルに手を伸ばした。
すると、突然、面接室のドアが閉まった。
同時に、タッチパネルの画面が変わった。
そこには、巨大な頭部と細く小柄な体の生物が映っていた。
異常に吊り上がった両眼がこちらを凝視していた。
「あのお方がエイリアン様だよ。この展開は、とっくにお見通しらしい」
立山はもう一度スマホを取り出し、慌ただしく画面を指でスワイプした。
「だから、ここのシステムを作ったのは、オレだってば。ドアを開けるくらい簡単なんだよ。分かんねえのか、このデカアタマ」
タッチパネルの画面が変遷し、最後のタップで閉まったばかりのドアが開いた。
「急いで出るんだ。また閉まっちまうぞ。俺は最上階の制御を解除する」
「あんたも一緒に来るだろ?」
「いや、それが身体が動かないんだ」
「あんた、ウイルスに感染しているんじゃないか」
「ああ、そう思う」
僕は3D銃を立山に向けた。
「解除してやろうか」
「いや、撃たないでくれ。早く行けよ」
僕と平石はドアを出て、再び通路に出てきた。
立山もやってくるものと思っていたが、なかなか来なかった。
本当に動けないんだ。
引き返すと、ドアが固く閉じていた。
恐らくエイリアンのコントロール力が勝っていたのだ。
僕たちは覚悟を決めた。
〈最上階へ行け、って言ってたよな〉
〈ああ、最上階へ行こう〉
彼に裏切られようが、彼を裏切ろうが、前に進むしか選択は与えられていないのだ。
つづく

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