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合志十右衛門の屋敷。
豪華な装飾が施された広間には、重厚な雰囲気が漂っていた。
壁には家紋が描かれた掛け軸が掛かり、床には高価な畳が敷かれていた。
障子越しに漏れる蝉の声が、室内の重苦しい空気を引き立てる。
座敷には合志仙蔵と牛俵重蔵、それに御用商人である桐場屋がいた。
十右衛門はその中央に座り、厳しい表情で牛俵重蔵の報告に耳を傾けていた。
その目には怒りの炎が燃えているようだった。
「何と、拒絶したと申すか」
十右衛門の低い声が部屋に響き渡る。
牛俵は頭を下げたまま、おずおずと答えた。
「身の程をわきまえず、この縁談は無かったこととして、ご家老にお伝え願いたい…と」
その言葉を聞いた瞬間、合志仙蔵が興奮して叫んだ。
「父さん!」
十右衛門は息子を鋭い目つきで制した。
「慌てるでない!」
彼は立ち上がり、ゆっくりと部屋の中を歩き始めた。
その足音が畳に響き、緊張感をさらに高めた。
「乞食道場の娘などに興味はないが、わしの意向に逆らう者がおるとなれば、放っておくわけにはいかぬな」
十右衛門の言葉に、桐場屋が慌てて相槌を打った。
「ご家老様に逆らうなど、言語道断でございます」
牛俵重蔵が十右衛門ににじり寄った。
重蔵は機を見るに敏な男だった。
彼は頭を上げ、十右衛門に向かって提案した。
「ご家老様、ここは私めにお任せいただけますでしょうか?」
十右衛門は足を止め、牛俵を見つめた。
「どう致すつもりか?」
牛俵の目に、不気味な光が宿った。
「大久保藤淳さえおらぬならば、若君のご希望を叶えることができましょう」
その言葉の意味を察した仙蔵が、思わず声を上げた。
「始末するつもりか?」
十右衛門は長い間黙っていた。部屋の空気が凍りつくようだった。
やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「よかろう。ただし、わしは一切関知せぬゆえ、そのつもりでおれ」
その瞬間、牛俵の顔に邪悪な笑みが浮かんだ。
仙蔵は父の決断に驚き、言葉を失った。
夜が更けるにつれ、屋敷の外はますます静まり返っていった。
蝉の声も遠くに聞こえているのだが、その音はどこか不気味な響きを持ち、くぐもって聞こえた。
つづく
