5 退屈な宇宙の旅
結局、宇宙旅客船ノーヴァは予定より三十分程遅れて、地球を後にしたのだった。
脇田はマリコのはしゃぎ声で眠りを妨げられ、しばらくぼんやりとしていた。
マリコの席にはユキオというろうの少年が、遊び相手として頻繁に姿を見せるようになった。
一人寂しそうにしているのを見かねて、マリコが声をかけ、友だちになったらしい。
奇遇にも、二人の親はそれぞれ
仕事の都合でマリナスに滞在しているそうで、久しぶりに逢いに行くのだと意気投合している様子だった。
ろうの男の子は、言葉はしゃべれないけれども、しっかりしていて、とても賢そうな男の子だった。
彼らは今、パーサーから貰ったパズルに夢中になっていた。
脇田の話し相手にさえなってくれそうもない位、場は盛り上がっている。
しかし本を読む以外、脇田には何もすることがなかった。
船の中を散策したところで、歩ける範囲なんてたかが知れているし、第一もう十分歩き回った。
おもに調理室へ出向くことが多かった。が、その度、パーサーに「席に戻れ」としつこく説諭されるのが、彼にはとても不愉快だった。
脇田はシートを後ろに倒して、天井を眺めた。
白いパネル一枚一枚に、吸音のための小さな穴が無数にあった。
脇田が暇つぶしに数えたところによると、どのパネルにも一枚当たり千二百二十五個の穴があることがわかった。
天井すべてのパネルが八十四枚あるわけだから、穴の数は総計十万と二千九百個になる。
それがどうしたのかというと、つまりそれくらいヒマで仕方がないのだ。
外の景色など、いつ見ても同じだった。
それは窓が小さいせいもある。
なにしろ大人が一人覗き込めば、もう、その窓はいっぱいに塞がってしまう。
したがって、広大な宇宙空間という感じはあまりしない。
トンネルの中を走る列車のようなものだと思えばいい。.
マリナスへ、あと十日で到着する。
その日は特別な日だった。船内放送でアナウンスされた。
「皆様、お聞きください。本日午後三時から五時まで、船内シアターで特別プログラムをお届けします。地球から送られてきた『スター・ウォーズ』の最新エピソードを上映いたします。この映画は、銀河系の遥か彼方で繰り広げられる壮大な冒険物語です。皆様のご来場をお待ちしております」
脇田は興味を持った。映画など、久しく見ていなかった。
「『スター・ウォーズ』かぁ、確か5千エピソード超えてたはずだけど、まだやってるんだ」
マリコとユキオも興奮していた。
「パパとママにも教えてあげなきゃ」とマリコがユキオに言った。
「マリコはともかく、ユキオはどうやって?」と脇田が聞いた。
「ユキオは手話でリモート通話できるの」とマリコが答えた。
「手話?映像で?マリナスまで?」と脇田が驚いた。
「うん、ユキオは手話が得意なの。おかげで、私も少し覚えたのよ」とマリコが言って、ユキオに何かを伝えた。
ユキオは笑顔で頷いて、客室の端末があるコーナーへ駆けていった。
脇田は感心した。ろうの子供は、言葉はしゃべれないけれども、手話でコミュニケーションをとることができることは知っている。だが実際に手話を使う場面に出会うのは、これが初めてだ。
そして、マリコはその手話を覚えることで、彼と友だちになったのだ。
脇田は自分もそんなふうに友だちになりたかったな、と思った。
映画が始まるまで、あと一時間あった。
脇田は本を読む気にもならず、窓の外を見つめた。
そこには、青く輝く星が小さく光っているのが見えた。
脇田は地球に住んでいる人々のことを思った。
彼らは今、何をしているのだろうか?
学校に行ったり、仕事をしたり、遊んだり、恋をしたり…。
地球では、色々なことが起こっているのだろう。
でも、脇田には関係ないことだった。
彼は地球から離れて、宇宙の旅に出たのだから。
彼はマリナスで仕事をし、方々を取材して回るをことを楽しみにしていた。
でも、それまでにあと十日もかかるのだ。
窓に映る自分の顔を見ながら「こんなにイイ顔をした男がなぜ独身なんだ」と思った。
オレは俳優になるべきだった。雑誌記者なんて、ぜんぜんモテない。
脇田は窓から目を離して、時計を見た。
まだ五分しか経っていなかった。
脇田は深く溜息をついた。
宇宙旅行の最中に、宇宙戦争の映画を観るなんて、ツイてないと思う。
窓の外に見えるのと同じ舞台で、延々とドンパチやってるだけの映画…。
深く考えるのはよそう。考えれば考えるほどツイてない気分になる。
とにかく…。
退屈な宇宙の旅はまだまだ続くのだった。
つづく
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