6 ジョージ・デラクの決断
宇宙船はマリナスに入港する二日前、突然の危機に直面した。
それは何の前触れもなく、人々に襲いかかった。
「キャー!」
客室が左に大きく傾き、船客は座席から放り出された。
通路にいた客は、身体の支えが利かず、壁や天井にぶつかっているのが精一杯だった。
脇田は呆然としている子供たちを両脇に抱えあげ、着座させた。
「ここを動くんじゃない。ベルトを締めろ。早くするんだ」
彼は自席に戻った後、指示というより、ほとんど絶叫していた。
やがて、スピーカーからパーサーの声が、標的を見失った機関銃のように響き渡った。
「皆さんにお知らせします。どのくらいの大きさかはわかりませんが、この船に向かって隕石が飛来しています。直ちに軌道修正かつ避難態勢に入ります。 ガチャッ、ええと、とにかく大変だぁ。 レーダーにいきな現れただとぉ。ジョージさんはどこに行ったんだ。なにぃ、便所お?おおい、どうするんだよ、コラ。 オプションはないのか。サブ・シップだよ。そ、そこに付いてるスイッチは何だ、それだよ、それ。なに、違うって。 畜生、いつまでクソしてんだよ、あの人は」
パーサーがマイクのスイッチを切り忘れたために、船内は一層の混乱状態に陥った。
あらんかぎり泣きわめいた末に放心状態となり、悄然としている気の毒な婦人もいた。
「脇田さん、ちょっと」
後ろから、彼の腕を引いて、誰かが呼んでいた。
ジョージ・デラクだった。
彼は声をひそめ、
「手遅れです。この船はもうダメかもしれません。隕石の軌道がつかめないんです」
そう言って脇田を客室から連れ出した。
「どういうことです?」
脇田は困惑しながら尋ねた。
「軌道をつかんだら、船は自動的に回避体制に入ります。軌道の検出が遅れているのは、普通の隕石じゃなくて氷の塊なのかもしれない。とにかく人力で回避していては間に合わないんです。つまり、我々は軌道が外れてくれるのを願うしかない」
「僕をどこに連れて行くんです?」
「この船が実用化される以前からある古い設備ですが……そこなら生き延びるチャンスがあります」
ジョージ・デラクはマリコとユキオの手を引き、
「あなただけじゃない、今から他の子供さんたちを呼んでくるつもりです」
と言って客室の階下にある動力室へ向かった。
脇田もそれに従っていった。
暗がりの中に、十数個の大きなタンクがそびえ立っている。
カプセルはそれらのほんの隙間に、密かに安置されていたのだ。
ジョージ・デラクはカプセルのドアを開けた。右にスライドするタイプの自動ドアだった。扉は全開するまでにひどく時間がかかった。カプセルの中にはいくつかの座席が並べられていた。
「ちょっと手を貸してください」
彼は脇田に懐中電灯を照らしてもらい、カプセルの天井をまさぐった。
「あった、これだ」
ジョージ・デラクはポケットからラジオペンチを取り出して、数本のシールドを切断した。
すると、カプセル内に響く機械的な声が言った。
「カプセルの固定が解除されました。分離準備を開始します。」
ジョージ・デラクはそれを聞いて、子供たちに向かって叫んだ。
「みんな、こっちに来てくれ」
奥に隠れていた子供たちを呼んだ。マリコとユキオを含め、5人しかいなかった。
マリコが船内でよく見かけた子たちだ。兄妹らしい二人組もいて、女の子の方は顔を泣きはらしていた。
もう一人男の子がいたが、あまり気の進まないまま連れてこられた様子だった。
子供たちはドアの前に突っ立ったまま、中に入ろうとしなかった。
「どうした、君たち早く来るんだ」
マリコは戸惑いながら、他の子を誘導するように、頭を垂れて入ってきた。
それは臆病な野良犬がケージに入れられる姿に良く似ていた。
ジョージ・デラクはマリコをシートに座らせ、ベルトの装填を教えた。
それが済むと、他の子供たちを呼んで、それぞれのシートに座らせた。
「ジョージ・デラクさん」
傍らでじっとその様子を見ていた脇田は、我に返って、彼の名を呼んだ。
「わからないことが多過ぎて…なぜ私がここに入らなければならないんです」
「あなたしかいない。今から他に子供がいないか捜してくるつもりだ」
「子供たちを…?言っておきますけど、私とあの子たちは何の関係もないんですよ」
「馬鹿か?アンタは。関係などなくったって、(子供を守る)義務はあるはずだ」
脇田はムッとして「何だとぉ」と口走った。
ジョージはそれを無視し、
「このカプセルはサブ・シップです。隕石が船体に命中したら自動的に分離されます。マリナスの安全地帯に着陸するように設定されています。そこで救助隊が来るまで待機します。わかりましたか?」
と説明した。
その直後の出来事だった。 とうとう船は炎上した。
近くのボイラーが爆発を起こし、ものすごい風圧が巻き上がった。
脇田は壁に叩きつけられ、ぐったりとなってしまった。
それまで魂を抜かれたように身動きすらしなかったユキオが、どうしたことか自分のベルトを解いて席を立った。
そして彼は、自分の足元に倒れた脇田の体を揺すった。
脇田は遠のいていく意識の中で、ユキオの顔を見ようと必死に目を凝らした。
しかし、いくらもがいても焦点が定まらなかった。
「大丈夫か」
今度は他の誰かが、脇田の肩を揺すった。
脇田は小さく頷いて応えた。意識がまだはっきりしないのだ。
そこにいたのはジョージ・デラクだった。
彼は急いで子供たちを席に座らせ、ベルトで固定した。
隣に座ったマリコが、脇田の怪我を心配してしきりに名前を呼んでいた。
そこでジョージ・デラクはマリコに、
「私はノーヴァの船内に戻る。あなたたちはこのカプセルでマリナスに行く。そこで救助隊が来るまで待つんだ。脇田さんには、私のことを忘れてほしいと伝えてくれ。彼はいい人だ。あなたたちを守ってくれるよ」
ジョージ・デラクはそう言って、カプセルのドア付近の壁にあるボタンを指さした。
「これを押すと、ドアが閉まります。そしてカプセルが分離されます。わかったかい?」
マリコとユキオは涙ながらに頷いた。
「ジョージさん、一緒に乗ってください。脇田さんはあんな具合でしょう」
「彼は脳震とうを起こしているだけだ。やがて回復するよ、心配ない。俺はこの船の機長だ。最後まで責任を持つ必要がある」
ジョージ・デラクはそう言って、ユキオの体をひしと抱きしめた。
「ユキオ、君は耳が悪くても勇敢な少年だ。君は親御さんの元に帰ることだけを考えればいいんだよ。帰ったらお母さんに良くしてやりなさい」
ユキオは泣きながらうなずいた。
聞こえてはいない。うなずきは反射的なものに過ぎない、それでも少年は別れを感じていた。
先程の衝撃から始まった振動が、徐々に強くなっていた。
床に置いた足が、ひとりでに踊り出してしまうくらいだ。
「さあ、もう時間だ。俺が出たら、すぐにボタンを押せ」
ジョージ・デラクはそう言って、カプセルのドアを開けた。
外は既に、火の海と化していた。
ジョージ・デラクは爆風によろめきながら、その中に飛び込んだ。
そしてとうとう姿を消してしまった。
マリコは悲鳴を上げた。
「ジョージさん!」
爆風は次第にその勢いを強めながら、やがてカプセルの中に、火の粉を飛び散らせるまでになった。
もう、予断は許されなかった。
ユキオは泣き顔で涙を流しながら歯を食いしばっていた。
マリコが何度か名前を呼んでも、ほとんどこちらを見なかった。
彼は手元のボタンを見つめていた。
「ユキオ、お願いだから…ボタンを押して」
マリコの声はかすれていた。
ユキオは深呼吸して、ボタンを押した。
カプセルのドアが閉じられた。
ドアが閉じると同時に、カプセルの室内灯が点灯した。
足元を照らせるぐらいの、ほんのりとした明るさだった。
マリコは悲嘆し、泣き続けた。意識が遠のくような感覚も覚えた。
だが、それはすぐに醒まされた。
カプセル自体が大きく転倒する動きをみせたからだ。
ベルトに体を縛り上げるような張力が働き、呼吸も満足に出来なかった。
そして、すべての神経が麻痺し、手術台の照明を眺めているような幻覚に襲われた。
「おかあさん…」
ここまでくれば、彼女は自分の死を認識しないわけにはいかなかった。
カプセルの中は次第と闇に包まれていった。
つづく
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