8 レオの笑顔
『ねぇ、脇田さんって、変わっているね』
マリコはユキオにそう言った。二人は不時着した星の海岸にある避難カプセルの中にいた。
カプセルは母船から分離されたもので、生存者たちの唯一の安全な場所だった。
『そうね、性格も軽いし、何を考えているのか、全然分からない人だけど、ジョージさんは、良い人だって言ってた』
ユキオは手話で答えた。
ジョージ・デラクは母船のパイロットで、事故のときに死んでしまった。
彼は脇田と仲が良かったらしい。脇田は信頼できる大人で、彼についていけ、と言っていた。
『ねぇ、レオはどうしたの。どうしてこっちに来ないの』
マリコはレオのことを気にしていた。
レオは孤児で天才的な頭脳の持ち主だった。マリナスの政府から招へいを受け、乗船していたのだ。彼はカプセルの中で一人で何かをいじっていることが多かった。
『レオは…そ、そうだわ。さっきレオがこれをくれたの』
マリコは座席のかげに隠れていた袋を探し出して、ユキオに手渡した。
『食べ物が入っているのよ。おなかが空いているんでしょ』
『なんでレオはこっちに来ないの?これだって、みんなに食べるようにって、レオが持ってきてくれたんだよ』
ユキオは不満そうに言った。
レオが食料を分けてくれたのは嬉しかったが、彼は自分たちと仲良くなろうとしなかった。
ユキオはレオに興味があった。
『レオは何か話しかけても、すぐにソッポ向くのよ。きっとひねくれてるのよ。わたし、疲れてるから席で休んでる』
マリコは決まり悪そうに、その場を離れた。
ユキオは納得いかない顔をし、レオのいる方向を見つめていた。
ユキオが袋の中から食物を取り出して食べ始めると、思い出したように、横を向いて、翔太と美咲を見た。
二人とも泣きつかれて、シートで眠っている。
翔太と美咲は兄妹で、今回の事故で両親が死んでしまった。マリコもユキオも内心同情していたが、どうやって慰めていいか分からなかった。
ユキオはろう者だからなのか、いちいち無遠慮に手話で話しかけてくるのが気になる。
あんな痛ましい出来事があったのだ。マリコはユキオに、今はあまり話しかけるべきではないと、忠告しておいた。
話をすれば、どうしても事故のことを思い出してしまうからだ。
レオはかなり偏屈者のようだ。何かに傷ついている様子も落ち込んでいる様子もない。
レオとなら何とか話ができそう…ユキオがレオが気になる理由はそんなところだろう。
今は脇田だけカプセルにいない。
ちょっと船の様子を見てくると言って、出て行ったっきりだ。
脇田がカプセルに戻ったのは、それから三時間程経ってからだった。
数個の木箱を両脇に抱え、さらに手に大きな袋を持っていた。
カプセルのドアの前にそれらを放り出すと、その音を聞きつけ、マリコは外へ出てきた。
「何をしていたの」
「食料を船から運び出したんだ」
「食料…それだったら、ここにもあるのに…。言ってくれれば、私も手伝ったのよ」
『僕だって手伝った』
ユキオもシートから起き出してきて、手話でそう答えた。
「いや、子供は危険だよ。潮が満ちてくるまでに運び出さないと間に合わないと思った。食料はオジャンになるし」
「ようするに、足手まといってわけね。自分が波にさらわれるとか、残された私たちのことを考えたりしたの」
「いや、そんなことは考えなかったな」
あまりに平然というので、マリコたちは拍子抜けした。
「とにかく翔太くんとか、美咲ちゃんのそばにいてやってよ。心配だから、目が離せないのよ」
彼女はむくれながら、脇田の足を踏んづけた。
「痛いよ、マリコちゃん。わかったよ、わかった。でも、今はあまり話しかけるべきじゃないと思うんだ。こんなのも見つけた。見てごらんよ、これ」
脇田は袋の中から、ススだらけの一冊の本を取り出した。
「これは何?」
「いや、レオが喜ぶと思ってさ」
マリコは不思議そうに本を見た。
「何語で書いてあるの?」
「いや、分からんけど、とにかくレオのところに持っていってみな」
でも、レオは本当はみんなのことを思っていたのだ。彼は自分の才能を生かして、みんなのために何かを作っていたのだ。彼はみんなのことを信頼していたのだ。
マリコとユキオはカプセルのすみにいる、レオのところに行った。
レオはカプセルの一番奥にあるコンソールの前に座っていた。彼はヘッドホンをつけて、パソコン画面に映る数字や記号に集中していた。
マリコはレオの肩に手を置いた。
「レオ、さっきはありがとう」
レオは驚いて、ヘッドホンを外した。
「な、なに?」
「食料とか、お水とか、配ってくれてありがとう。すごいね、レオ。パソコン使えるの?」
「あ、ああ、うん。いや、別に…」
レオは照れくさそうに言った。
ユキオもレオに近づいて、手話で言った。
『ありがとう、レオ。君は天才だね。君は僕たちの友達だよ』
「何、何て言ってるの?」
レオは目を丸くした。
「『君は頭が良い。友達になりたい』って言ってるのよ、レオ。みんな、仲良くやりましょうよ。きっと楽しいことがあるわ」
マリコはレオの手を握った。
『そうだよ、レオ。君は僕たちに必要な人だよ』
ユキオもレオの手を握った。
レオはマリコとユキオの顔を見た。
彼らは優しく微笑んでいた。
レオは何だか、心が温かくなる感覚を覚えた。
彼はマリコとユキオにぎこちない笑顔を返した。
「ありがとう、マリコ、ユキオ。友達になれるよう頑張ってみるよ。そして一緒に、この星を探検しよう」
「レオは真面目なんだな。『友達になれるように頑張る人』なんだな」
三人の話を聞いていた脇田が茶々を入れた。
脇田は木箱を開けて、中身を確認していた。
「おお、これはいいぞ。これは水を浄化する装置だ。これがあれば、海水を飲めるようになるぞ」
彼は喜んで、装置を持ち上げた。
そのとき、レオが脇田のそばに駆け寄ってきた。
「本当だ。浄水器だ」
レオはカプセルの中で、初めて笑顔をみせた。屈託のない笑顔だった。
『わぁ、レオくん、笑ってる』
「ホントだ。笑ってる」
「近くの海で、試してみようか」
レオが浄水器をつかんで立ち上がると、脇田は慌てて言った。
「おい、みんな。見てみろよ、外は真っ暗だぜ。明日にしろよ、明日に」
脇田は彼らに父親のように言った。
つづく
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