9 闇夜の赤い眼
夜が更け、カプセルの外は闇に包まれた。
カプセルの中は、天井のほのかな光が室内をぼんやりと照らしていた。
日没し、カプセルの外に異変があった。
夜を待ち受けたように、得体の知れない生物がカプセルの周囲を取り囲んだのだ。
中にいる脇田たちの気配を察したのか、その生物は一斉に唸り始めた。
脇田はドアをほんの少し開けて、外の様子を伺った。
赤い眼があちこちで光っている。姿形は分からないが、獣の群れが十数頭ほどいるようだった。
「いかんな、夜行性の動物に嗅ぎつけられたようだ」
「怖いわ、早く戸を閉めて」
脇田がドアを閉めると、美咲が泣き出してしまった。
マリコは彼女を慰めた。
しゃくりあげながら、彼女の腕にしがみついて離れなかった。
「ねぇ、狼じゃないでしょうね」
マリコが脇田に訊ねた。
「いや、違う。そんなに大きい生き物じゃなかった」
「昼間はあんなのいなかったのに…」
「夜行性の生物ってやつは、本当に得体の知れないものだな。こんなところに突然現れるなんて」
「肉食かしら」
「さぁ。肉食だとしてもカプセルは頑丈だから、問題ないよ。とにかく今夜は早く寝るんだ。朝になったら、やつらも消えちまうだろう。それまでの辛抱だ」
脇田はつとめて冷静に振る舞いながら、開いているシートに横になった。
マリコと美咲は、心なしかオドオドしていた。
しかし、よほど疲れていたのだろう、瞬く間に寝息をたてはじめた。
脇田だけは、なかなか寝つけなかった。
彼が考えることは、たった一つ。
この星はいったい何なのか。
マリナスだとすれば、かなりへんぴな島国に不時着したということになる。
しかし現在カプセルを取り巻いている連中を見てみればわかるだろう。
あれは明らかにマリナス星上の生物ではない。
ほ乳類ともは虫類とも形容しがたい化け物だった。
強いていえば、大トカゲが一番近いと言えるだろう。
だが、そんな生き物がマリナス星上にいるとは、少なくとも脇田は聞いたことがなかった。
元々、マリナスや他の惑星に生息する動物たちは、惑星の生活環境を整えたうえで、地球から輸送され、繁殖したものだ。
家畜などと呼ばれる、牛、豚、馬、羊、山羊と鶏ぐらいしかいないはずである。
あとは愛玩用の犬や猫などに限られている。
別の見知らぬ惑星?
しかしそんなものにたどり着くなんて、専門家でもない脇田にはまるで確証が持てない。
脇田は腕を組んで、色々考えていた。
やがて面倒くさくなったのか、頭を抱え込み、その場に仰向けになった。
獣たちの声が、カプセルの床に低く伝わってきた。
その時、カプセルの奥から静かな足音が聞こえてきた。
脇田が振り返ると、そこにはレオが立っていた。
孤独を好む彼がこんな時間に起きていることが不思議だった。
「何か手伝えることはある?」と、レオが冷静な声で言った。
脇田は少し驚きながらも、感謝の気持ちが湧いた。
「助かるよ。夜中に突然の訪問者に困っていたんだ」
レオは微笑んで頷いた。
彼は言葉少なく見えるが、その視線には深い洞察力が宿っているようだった。
「あの生物は夜行性で、攻撃的になることもある。私たちは静かにしないといけない」
「話し声が奴らを刺激するってことかい?」
「そうですね。気配を感じさせないことが大切です」
「まったくそうだな。色々話したいこともあるが、夜はやめたほうが良さそうだ」
「そうですね。寝ないんですか?」
「そうだな。でも今夜は、君たちが危険な目に合わないように見張っているつもりだけど」
「このカプセルなら何にも侵入できませんよ。それより体力の回復が大切です」
「そう言ってくれると、ありがたい。君のおかげで安心して眠れそうだ」
脇田はレオに感謝の意を伝え、明け方に一人で見回りをすることに決めた。
「それじゃ、ぼくは向こうで」
「ああ、レオもおやすみ」
奥のシートがレオの定位置だった。レオはシートに腰と下ろし、静かに身体を横たえた。
マリコと美咲は隣り合わせのシートで眠っている。女の子同士の方が気が落ち着くのだろう。
そんなわけで、翔太とユキオは隣同士でぐっすりと眠っている。ユキオは翔太が理解していようがいまいが構わず手話で話しかけているようだ。
翔太は困惑しているようだが、嫌な顔はしていない。
マリコもユキオも兄妹が安心して眠れるように必死だった。
そして笑顔で明日を迎えるために。
つづく
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