22 異星での別れ
X50のフライト当日。
マリコをはじめとする子供たちは、由里子と共に、脇田よりも早く村を出発し、船へと向かっていた。
かつて彼女たちの騒ぎ声で賑わっていた小屋も、今は静まり返っている。
長老が見送りに来ると聞いて、脇田はその場で待つことに決めた。
長老を待つ間、テーブルに腰掛け、独り言を呟いていた。
脇田は「帰りたくないな」と、言葉を濁した。
あれほど汗を流して機材を運んだのに、帰る時が来ると、そんな気持ちになる。人間の心は移ろいやすい。
外から脇田の名を呼ぶ声がした。
彼は現実に戻り、急いで小屋を出た。
外には長老が待っていた。
左手には杖を、右手で顎髭を撫でる癖があった。
二人は並んで、森を抜ける道を歩き始めた。
「短い間だったな」
空を見上げながら、長老は言った。
「地球だったかい?」
「ええ」
「きっと素晴らしい星なんだろう」
脇田は、何と答えていいかわからなかった。
「お前たちがこの星に来てから、私にとってはとても楽しい日々だった。だが、これからこの星は冬を迎える。お前たちには耐えられないほどの厳しい冬だ。それが心配だったんだ。あの男に話したら、ようやく決心してくれた。帰るのにちょうどいい時期だったんだ」
「あの男って、レイのこと?」
長老は黙って頷いた。
「昨日、彼は村の人たちとどこかへ行っていたけど、何をしていたの?」
「馬のお守りの材料を取りに行っていたんだよ」
「馬のお守り?」
「息子への土産だそうだ。奥さんから聞いたんだが、息子は足が不自由なんだって」
「それは知らなかったよ」
「あの男も色々とあって、疲れていたんだ」
森を抜けると、長い坂道が続いていた。
高台に上がると、村の建物が一望できた。
藁葺きの屋根、丸太で組まれた個性豊かな家々。
それぞれが頼りなさげで、寂しげだった。
長老は続けた。「レイはこの星のことを一から十まで知りたがっていた。だからこそ、君たちを守りたいんだろう」
脇田は納得した。レイが一行を案じ、助けようとしていることが理解できた。
「あの天才的な少年、レオのことだが、彼を無理やり地球に帰すのは残念だ」
脇田は驚いて長老を見つめた。「レオがここに残ることを望んでいるの?」
「そうだ。彼はこの星の研究を続けたいと言っている。その決断は彼の未来を左右するものだ。君たちが去ることと、レオが残ることは別の問題だ」
「でも、レオはみんなと一緒に船に向かっていたよ」
「機械や大事なものは全て私の家に預けてある…」
「じゃあ、レオは船に乗らずに別れを告げるつもりなの?」
「そうらしい」
脇田は思い悩んだ。レオの情熱を理解し、同時に地球での未来を失うことの重さも感じた。
「彼の選択を尊重しなければ」と脇田は呟いた。
「そうだな。君たちは早く地球に戻らなければならない。だが、レオにとってはこの星が新たな家になるだろう」
長老の言葉に、脇田は頷いた。二人はX50が見える丘に到着し、地球への帰還のためにそこで別れた。
船に到着した脇田は、レオを呼び出して一行から離れて話をした。
レオは天才的な頭脳の持ち主で、マリナスの学者たちから招待を受けて地球を旅立った。
長老から聞いた通り、レオはこの星に残り研究を続けたいと願っていた。何度か地球人たちにそのことを打ち明けたが、ほとんどの人が反対した。脇田だけが少年の決意を理解し、支持を示した。
「レオ、アキュラに残るのか…。本当にここに残りたいのかい?」脇田が尋ねた。
「ええ、この星の謎を解き明かしたいんです。地球には戻りたくないんです」とレオは力強く答えた。
「でも、君はまだ若い。地球には君の才能を必要とする人々がいるかもしれない」と脇田は心配そうに言った。
「僕に必要な人は地球にはいません。でも、ここには僕が守りたい大切なものがあります。やりたいこともたくさんあるんです」とレオは星空を指差した。
「ここの子供たちに手話を教えたいし、何か、地球よりもやりがいのあることがたくさんあるんです」
レオの手話の上達は、マリコも舌を巻くほどだった。
脇田は少し沈黙した後、レオの肩を叩いて言った。「わかった、レオ。君の決意を尊重するよ。ただし、いつでも地球に戻れるように、私たちと連絡を取り合おう。それは約束できるんだろうな」
「できます」とレオは笑顔で頷き、二人は連絡方法について話し合った。
つづく
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