24 キャビンのシートが足りない
パイロットのレイはもちろん、エンジニアのディーはレイの隣の座席に座ることになった。
操縦室はこの二人で定員締め切りだった。
X50の狭いキャビンには緒方と由里子の他、脇田にマリコ、ユキオ、レオ、翔太、美咲が乗り込むことになっていた。
元々、五席のシートが確保されていたのだが、副操縦士と乗務員二名が死亡し、空きシートが三つできていた。
レオがアキュラに残ったとしても、それでもあと二つが不足していた。
アキュラ脱出時には、相当な重力が掛かる。やはりちゃんとしたシートが必要だった。
緒方らは、脇田達の脱出カプセルからシートを取り外し、三名分の座席をキャビンに設置することにした。
レイとディーは最後の打ち合わせのために、この作業には加わらない。
必然的に、これは脇田と緒方の仕事になる。
「こんなもんでいいだろう」
と、緒方が言った。
「ちょっ、ちょっと待ってください。もう少し何とかならないんですか」
操縦室へ引き上げようとする緒方を引き止めて、脇田が不服を言った。
「もう少しって?」
「漬物石を運ぶんじゃないでしょう。これじゃ輸送船に着く前に死んでしまいます。一応、私たちは生き物なんだから」
脇田がそう言うのも無理はなかった。
確かにシートを船内に運び込んだには違いない。
だからといって、そのまますっ転がしておかれては、どこへ転がっていくか知れたものではない。
「やはりボルトで固定したほうが良いのかい?」
緒方がとぼけたように言った。
「固定してください」
「もうあまり時間がないんだが…」
「ぜひ固定して。頼むから」
気の毒にも子供たちは、誰がそこに座らされるのか気が気ではなく、ますます不安を募らせている。
ちったぁ、気を利かしたらどうなんだ、と脇田は思った。
そしてやはり、本当にあの人はチーフ・エンジニアなのだろうかと思う脇田なのである。
結局、急造のシートは、緒方と脇田が座ることになった。
太いボルトで数か所を固定し、さらに安全ベルトを追加し身体を完全に固定できるよう、万全を施した。
しかし、それでも脇田の不安は拭えなかった。
シートはガタガタと音を立て、ボルトはひび割れているように思えた。
安全ベルトは緩くて、身体をしっかりと支えてくれないように感じた。
脇田は、自分の命運をこのシートに託すことに恐怖すら覚えた。
緒方は、脇田の顔色を見て、苦笑いした。だが、かけてやる言葉も特になかった。
『僕はあっちのほうが良かったなぁ。あと一つ、席が空いてるでしょ』
脇田がシートに着席するなり、ユキオが無念そうに手話するが見えた。
『窓からお爺さんやタクバにお別れしたいんだけど。もちろんレオにもさ』
マリコと美咲に口を尖らせてねだっていた。
しかし、時は迫っている。彼女たちはおおいに弱っていた。後席を振り返って男たちに助けを求めた。
「ダメだ、こっちに来ちゃ。この席はアブねぇ」
脇田は自分の隣の空席を指さしながら言った。
緒方は自分の席に着くと、ユキオたちに向かって言った。
「お別れがしたいんだって?そいつは残念だったな。けどな、 ユキオくん。いざエンジンが点火したら、外を眺めるどころじゃないぞ。こいつは旅客船じゃないからな。シートにじっとしてないと、身体が吹っ飛ぶぞ」
マリコが手話通訳すると、ユキオは残念そうに頷いた。
「だったらなおさら、もっとしっかり固定すべきじゃなかったんですか?」
今度は隣にいた脇田が情けない声で当然の疑問を言い出した。
緒方は不甲斐ない脇田に舌打ちするのだった。
「ったく、固定、固定ってやかましいな。君は君でボルトの締め方も知らんのに…。俺が受けてきた訓練に比べれば、こんなの全然怖くないぞ」
「僕は訓練受けてない。素人だぞ」
「じゃあ、これが訓練だと思えばいい」
「この人、無茶苦茶だぁ」
その時、スピーカーから操縦室のレイの声が響いた。
「みんな、オマモリは持ってるね?」
レイは、自分の妻である由里子の励ましと、ディーのサポートを受けて、何とか操縦席に復帰できたようだった。
「あー、持ってるよぉ」
子供たちは声をそろえて返事した。
「ボクも持ってる。みんな、ガンバって、タスカロー」
「あはは、変な日本語だぁ。レイもガンバロー」
「ウン、ガンバル」
レイは今でも、遭難時に見た恐ろしい光景を思い出し、心臓が痛むのを感じるそうだ。
しかし、彼は、自分の仲間や子供たちのために、もう一度勇気を振り絞った。
彼は、コントロールパネルを見て、最終チェックを行った。
ディーも、エンジンや燃料、通信などの状態を確認した。
二人は、互いに頷いて、キャビンに合図を送った。
「全員、シートベルトを締めろ。十分後に離陸カウントダウンを開始する」
つづく
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