ネクロバズとむくつけき勇者たち　４　リプリー警部補の依頼

４　リプリー警部補の依頼

研究所を訪れたワゴン車の持ち主は、一階の事務所が無人なのを確かめると、今度は二階へ上がってきた。

老朽化した建物の階段は、どんなに忍び歩いても容赦なく軋む。

男は埃を被った手摺を用心深くつかみながら、二階のフロアに姿を現した。

「何をやっているんだ、アンタたちは？」

聞き覚えのあるダミ声が響いた。

老人と青年は、慌ててダンボールの箱に製品を放り込んだ。二人はドアからこちらをうかがっている男を見た。

「やあ、リプリー。奥さんは元気かい？」

所長は、ダンボールの牙城から男の注意を逸らそうと、自分のデスクに駆け戻った。

「俺はまだ独身だよ」

「おっと、失礼。まだ相手が見つからんのかね？」

「もっと失礼ですよ、所長」

ケンジは笑ったが、男の硬直した表情を見て、笑いを引っ込めた。

どうやら本気で気にしているらしい。

「俺のことはどうでもいい。」

彼は肩を震わせて言った。凄みのあるセリフだった。

しかし、三十過ぎの独身男をからかうのは、いくらやっても面白い。

「あれは何だ、と聞いているんだ」

彼はダンボールを指して、怒鳴った。

いちいち怒鳴らなくてもいいのに。

「急な仕事なのかね、リプリー？」

「急いでいるんだ。あのゴミはいつ片づくんだ？」

「今日中にね。仕事の内容は？」

「死因を調べてほしいんだ」

老人と青年は男の要求を聞いて、首を傾げた。

所長はメモを取り出して、数ページ捲った。

そしてリプリーを見つめた。

「急な話か、リプリー。そんな仕事は入っていないが…」

「ああ、急な話だよ」

「司法解剖の結果は出たんだろう？」

「しかしやつらじゃどうも信頼できないんだ」

「信頼できるもできないも、遺体を直接解剖した人間の言うことのほうを、信用すべきじゃないかね？」

「本当は遺体を引っ張り出すつもりだったんだが、チェインバーグの連中に取り押さえられたんだ。結局、サンプルしか手に入らなかった。あんたにどうしても調べて欲しいんだ」

オットーはため息をついた。

「君の話は分かりにくいね。ウチは保健所や病院からの依頼しか受けないんだ。それもだいたいは微生物の検出が本来の仕事なんだ」

リプリー警部補はオットーの話をまるで聞いていなかった。

背広からビニール袋を取り出した。

「頼む。ここに損傷部の組織サンプルがある」

リプリーはデスクに、真空パックされたビニール容器を並べた。

オットーは渋い顔をして、それらを眺めた。

「それにしても、どうして管轄外の事件を調べるんだね？」

「ちょっと思い当たることがあってな。詳しいことが分かったら、あんたに応援を頼むかもしれない」

「分かった。だが、それは無茶な要求だぞ、リプリー」

「分かっているとも。それよりもあの箱の中は何なんだ？犬の人形が入ってるようだが」

「ああ、それはちょっと、研究の資材でな。コーヒーでも飲まんかね、リプリー。」

「いただくよ」

所長がコーヒーメーカーに水を入れている間に、男はタバコの火をつけ、ケンジのデスクに向かいにある椅子に腰を降ろした。

そしてもう一度、ダンボール箱の山に視線を走らせた。．

リプリーは背が高く、頑強な体躯で、表情をまるで変えなかった。

ダークブルーのブレザーに、ネズミ色のスラックス。

人差し指にはめた金色のリングは、何の意味があるのか誰もわからない。

ウインドベルの七不思議のひとつである。

オットー氏はデスクの縁に、コーヒーメーカーを置き、コンセントを探した。

リプリーはたどたどしく、チェインバーグで起きた事件を説明した。

「その変死体というのは、誰が見つけたんだね？」

「山林の監視員だよ。そこは禁猟区なんだ。目的がはっきりしないが、その男は密猟していたらしい。」

「らしいって？」

「散弾銃が見つかったんだ。」

「そういった問題は、私にはよく分からんね。ようするに、その変死体の死因が判れば、事件は解決するのかね？」

「あんたは相当推理小説を読んだだろう。」

「あまり読まないが、どうしてだね？」

「読みが鋭い」

　

つづく

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