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チェインバーグの深夜。禁猟区は荘厳な静けさに包まれていた。

密林の中を一台の大型トラックが駆け抜けて行った。トラックのキャビンは、木々の隙間を縫う月の光りを浴びて、まだら模様が流れていった。

トラックが森の奥のひらけた場所に到着すると、一人の男が運転席まで駆け寄ってきた。

監視員は日焼けした顔をしていて、手に強力ライトを持っていた。

運転手はライトに顔を照らされると、目をしかめた。

運転手はまだ若い男だった。

運転手は目をしかめ、不快感を隠さない。二十代半ばといったところだろうか。顔には疲労と焦燥が浮かんでいた。

「本当にやる気か、ハーバート」

監視員が低い声で尋ねた。

「やらなきゃ、仕事を失うんでね」

運転手は焦燥した目をしていた。

トレーシーの代役を、今は彼が務めていた。

「あの男は結局、どうなったんだ」

「ブロック長のことかい。死んだよ」

「殺されたのか」

「警察に射殺されたんだよ」

日焼け顔の男は、禁猟区の監視員だった。

「トレースは良い奴だった。あれで酒を飲まなければ、何一つ間違うことのない人間だった」

彼は薄汚れた制服のポケットから、タバコを取り出して、若者に勧めた。若者は首を振って、断った。

「今の会社じゃなければ、駄目なのか?」

「なぜ、そんなことを訊くんだ?」

「やり直せると、お前に言っているんだ」

「そういうあんたも、俺の会社に買収されているじゃないか」

「買収されていない。ただ、チェインバーグで働く人間は、あの連中に自分の意志を抜き取られてしまっただけだ」

「何とでも言え。どう報告しようと、パルチノンの都合通りにしか伝わらないんだ」

若者はトラックを急発進させた。

彼はトラックを、大バエの巣穴からあまり離れていない場所に止めた。

巣穴まで、五百メートルの距離を残していた。

道路はとっくに途切ている。

荒い砂利の山道を十キロも走ってきていた。

これ以上、トラックで進むのは不可能だった。

彼はトラックに積み込んだ赤いバギー車に、燃料ボンベを五本積み込んだ。

ゴムチューブで、ボンベを固定し、ハエの巣穴に向かって、静かに車を走らせた。

トレーシーと一緒に巣穴を訪れたことが、十数回ある。

勝手は分かっていた。

巣穴のある岩場に、バギー車から降ろしたポリ缶とバーナー口を抱えて巣窟へ近づいた。

大バエの習性は分かっていた。

直接攻撃には反応するが、そうでない場合は、かなり鈍感なのだ。

若者はガソリンを静かに流し込んだ。

穴は直径一メートルくらいだった。

岩石のような固い地質なので、油は土に染み込まず、その
まま穴の奥へ流れていった。

とりあえず、二、三の穴にガソリンを注いだ。

ポリ缶が空になる頃、奥の方から羽音が聞こえた。

大バエが気づいたのだ。


若者は巣穴から離れ、バーナーに点火した。

そして炎を巣穴に向けて放った。

勢いよく燃え上がった。

闇夜の中に、若者の姿が映し出された。

巣穴から炎に包まれた化け物が、飛び立とうとしていた。

羽根はとっくに跡形もなく、燃えてしまっていた。

それでも彼らは生きなければならなかった。

巣穴から、炎に包まれた同胞が姿を現した。

一匹は闇に向かって走り、やがて姿が見えなくなった。
 
若者に向かい走ってってくるものもいたが、若者の手にしたバーナーは、ほんの十秒で牛を丸焼きにできるくらいの威力があった。

ハエはたちまち灰になってしまう。

バーナーボンベを三本使ったとき、若者は焦りを感じた。

「チクショウ。いったい何匹いるんだ」

残りのボンベは二本しかない。今使用しているものを除けば、あと二本しかバギー車に積まれていない。

彼は次々と穴から這い出てくる、化け物たちの気が知れなかった。

外に這い出てきても無駄だというのが、どうして分からないのか、自分たちが炎に覆われているということをさえ分からないのか。

若者は憤りを感じた。

最後の一本を噴出バルブにセットした時、若者は山ごと焼いてしまう決心をした。

出来ればそんなことをしたくなかった。

上部が初めから望んでいることだった。

山を焼けとは言わなかった。

しかし遠回しに、そう言っていたのだ。

完全に処分できるのなら、一切はお前に任せると…。

あきらかに俺が山を焼いてくれることを願っている口ぶりだった。

俺が山を焼くとしても、パルチノンの揉み消しで、たぶん罪にはならんだろう。

少なくともチェインバーグ署の連中が頭を働かすような罪には。

やつらのドタマは、うちの会社に禁則処理されているからな。

炎が巣穴から森に向けられた。

年老いた木を焼き、藪に向かって炎を放った。

木々はおのおのに岬きを上げ、おののくようにに苦しみ燃えていった。

監視員は闇夜に浮かぶ紫煙を眺めていた。

監視員は何も出来ない。

彼以外の誰かが通報するだろう。

ハーバートは監視員から目を逸らし、薄ら笑いを浮かべトラックへ乗り込んだ。

トラックは静かに、山を下って行った。

 

つづく

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