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ケンジとエミリーが研究所に着いた時、結婚式はすでに始まっていた。
春の陽射しが研究所の白壁を優しく照らし、玄関前には蝶が舞うように大勢の人々が集まっていた。
数台のテレビカメラが、この小さな町の幸せな出来事を記録しようと構えている。
その輪の中心で、オットーとミス・タチカワが立っていた。
オットーの少し緊張した横顔に、ケンジは思わず微笑んでしまう。
普段は実験着姿の所長が、今日ばかりは晴れやかな紳士の装いだ。
リプリーの祝詞が始まった。
ケンジは、エミリーと並んで立ちながら、密かにため息をつく。
このリプリーという男は、原稿なしでも饒舌に話せる男として有名だった。
「ええ、私たちハドリバーグの住民に、そして私たちの誇る自然科学研究所に、春の訪れとともに素晴らしいニュースが届きました」
リプリーは、両手を大きく広げて続ける。
「このお二人をごらんください。フレデリック・オットー博士と、チェインバーグ市立病院の看護婦長、ミス・タチカワ・アケミさん。二人の出会いは、まさに科学と医療の美しい融合と言えるでしょう」
拍手が沸き起こる中、ケンジの胸に不安が広がった。
ミス・タチカワが研究所で働くことになれば、あの有名なスヌーピーコレクションも一緒にやってくるに違いない。
「クソ、この研究所がスヌーピーだらけになってしまうのかよ」
思わず漏らした言葉に、エミリーが首を傾げる。
「何よ、そのスヌーピーって?」
「ああ、なんでもない」
祝詞が終わるや否や、ケンジはリプリーを捕まえた。
その焦りを隠せない様子に、リプリーは思わず苦笑する。
「なんだい、ケンジ君。まるで実験に失敗でもしたような顔をして」
「ミス・タチカワがここで暮らすって本当なのかい?」
リプリーは、一瞬言葉を詰まらせた。
新入社員の前で、余計なことは言えないという配慮が見える。
「まあ、その辺りは…」
ケンジの中で、突然閃きが走った。
彼は新郎新婦の前に進み出ると、最高の笑顔を作る。
「所長、本当におめでとうございます」
花嫁姿のミス・タチカワは、まるで白鳥のように優雅だった。
いやぁ、馬子にも衣装。七面鳥にもウェディングドレスだ。
「ケンジさんも研究所で働くのね。これからはよろしくお願いします」
その「これから」という言葉に、ケンジの背筋が凍る。しかし、彼には秘策があった。
「ミス・タチカワ、ウインドベルの総合病院では、あなたのような経験豊富な看護婦長を探しているそうですよ」
その言葉に、タチカワの表情が曇る。「あの、私はもう…」
オットーが、静かに、しかし確信を持った口調で言った。
「君が良ければ、アケミ。君の二十年のキャリアは、世の中の宝だよ。多くの患者さんが、君のような優秀なナースを必要としている」
予想外の展開に、タチカワの目に涙が浮かぶ。しかし、それは感動の涙ではなかった。
「あなたたち…」
彼女の声が震える。「私がそんなに邪魔なの?」
会場が静まり返る。
「違う!」オットーが慌てて言う。
「私はただ、君の才能を活かして欲しいと…」
「私はあなたと一緒に暮らしたいだけなのに!」
タチカワの叫びが、春の空に響く。
結婚式は思わぬ方向に転がり始めた。
しかし、そんな中でもウインドベル教会の鐘は、変わらぬ調べで新郎新婦を祝福し続けていた。
ネクロバズとむくつけき勇者たち 終わり
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