世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 30 襲撃と脱出

サイレント・レジスタンス 30 襲撃と脱出

第30話 襲撃と脱出

 突然、閃光が走った。
 次の瞬間、ビル全体が激しく揺れた。
 何が起きたのか分からなかった。
 爆音そのものは僕にはほとんど聞こえない。ただ床が跳ね上がり、身体が宙に浮いた。
 背中から壁に叩きつけられた。
 息が止まった。
 床に転がりながら顔を上げると、さっきまで人が集まっていたフロアが煙に包まれていた。
 人が倒れている。
 椅子が吹き飛び、テーブルがひっくり返っている。
 凛々子は?
 煙の向こうに彼女の姿が見えた。
 床を転がるように吹き飛ばされていたが、すぐに起き上がった。
 無事だ。
 そう思った次の瞬間、煙の中に姿が消えた。
 壁が崩れた。
 いや、違う。
 重機が外から壁を突き破ってきたのだ。
 開いた大穴から、黒い人影が次々と入り込んでくる。
 警官と自衛隊員だった。
 銃口がこちらを向いた。
 床や壁が次々と弾けていく。
 集まっていた人々が一斉に逃げ始めた。
 船橋が3D銃を構えた。
 青白い光が走る。
 前列の警官が倒れた。
 だが、その直後だった。
 船橋の身体が跳ねた。
 そのままバリケードの陰へ倒れ込み、見えなくなった。
 何人かが3D銃で応戦していた。
 しかし、あまりにも敵が多すぎる。
 床に落ちた青と白の銃が、踏み込んできた隊員の靴に踏み潰された。
 プラスチック片が飛び散った。
 誰かが僕の腕を掴んだ。
 平石だった。
〈立て!〉
 僕は平石に引き起こされた。
 身体中が痛かった。
 どこかの関節が外れているんじゃないかと思うほど、まともに身体が動かない。
 それでも平石に引っ張られながら、僕はフロアを脱出した。
 裏口から路地へ飛び出し、軽自動車の陰に身を伏せた。
 まだ地面が震えている。
 僕は煙の立ち込めるビルを見た。
〈凛々子は?〉
 平石が僕を見る。
〈さっきの女の人か?〉
 僕は頷いた。
〈先に逃げたと思うぞ〉
 路地の先を見る。
 行き止まりだった。
〈どこへ逃げたんだ?〉
〈知らんよ。戻るつもりか?〉
 平石は僕の腕を掴んだ。
〈今戻ったら死ぬぞ〉
 分かっている。
 僕はもう一度だけビルを見た。
 凛々子なら何とかする。
 そう思うしかなかった。
 やがて振動が収まった。
 硝煙の臭いが漂っている。
 ビルのガラス越しに人影が動いた。
 こちらへ向かってくる。
〈来るぞ〉
 僕と平石は路地の奥へ走った。
 しかし、やはり行き止まりだった。
 倉庫らしき建物のコンクリート壁に身を隠す。
 警官隊が路地へ入ってきた。
 僕と平石は3Dマシンガンを構えた。
 青白い光が何度も走る。
 前方の警官が次々と崩れ落ちた。
 確かに、これまで使っていた3D銃とは威力が違う。
 だが倒しても倒しても、その後ろから別の人間が現れる。
 実弾が壁を削った。
 コンクリートの破片が頬に当たる。
 平石がこちらを見た。
〈こいつら、本気で殺す気だぞ!〉
 ……だから昨日から、そう言ってるだろ。
 言い返している場合ではなかった。
 僕は補聴器を外した。
 平石が頷く。
 僕たちは加田崎から教わったもう一つのスイッチを押した。
 空気が震えた。
 僕にはほとんど聞こえない。
 だが、効果は一目で分かった。
 警官たちが一斉に耳を塞いだ。
 銃を落とし、その場にしゃがみ込む者もいる。
 平石が目を丸くした。
〈すげえな、これ〉
〈感心してないで撃て!〉
 二人で3D銃を撃つ。
 また何人かが倒れた。
 だが、その向こうに赤い光が見えた。
 パトランプだ。
 一台ではない。
 何台もこちらへ向かっている。
 平石が僕を見た。
〈これじゃ犬死にだ〉
〈犬がどうした?〉
〈こんな時までふざけるな! 殺されるぞ!〉
 怒られた。
 僕は背後の壁を見上げた。
〈この向こう、何だ?〉
〈知らん。別のビルじゃないか?〉
 辺りを見回す。
 壁と同じ色をしていたので気づかなかったが、少し離れたところに小さな鉄製のドアがあった。
〈おい〉
 僕は指差した。
〈ドアがある〉
 平石も振り返った。
〈あそこから出られるのか?〉
〈知らん。でも、ここにいるよりマシだ〉
 距離は三十メートルほど。
 問題は、その間に何もないことだった。
 隠れる場所がない。
 平石が警官隊を見た。
〈俺が音を出す〉
 それから僕を指差す。
〈君は撃て〉
〈走りながら?〉
〈そうだ〉
〈僕の方が難しくないか?〉
〈知らん。行くぞ〉
 平石が飛び出した。
 速い。
 あっという間に僕を置いていく。
 ちょっと待て。
 僕は3D銃を撃ちながら、その後を追った。
 弾丸が足元を叩く。
 振り返る余裕なんてない。
 三十メートルが、恐ろしく遠かった。
 ようやく顔を上げると、平石が鉄のドアを開けていた。
〈早く!〉
 僕は転がり込むように中へ飛び込んだ。
 平石がドアを閉める。
 二人で壁伝いに走った。
 そこには別の巨大なビルがそびえ立っていた。
 さっきまでいた廃ビルとは大違いだ。
 外壁はライトアップされ、夜空に向かって金色に輝いている。
〈この建物に入ろう〉
 平石が手話した。
〈中で奴らを撒くんだ〉
 その時、空に点滅する光が見えた。
〈おい、ドローン〉
 僕は立ち止まった。
 黒い機体が一機、僕たちの頭上を通り過ぎていく。
〈どこへ行く?〉
 平石も空を見上げた。
 ドローンは金色のビルを通り越し、少し離れた建物の屋上へ消えた。
〈このビルじゃない〉
 僕が言った直後、もう一機が飛んできた。
 同じ方向だ。
 また同じ建物の屋上へ降りていく。
 僕と平石は顔を見合わせた。
〈あそこじゃないか?〉
〈何が?〉
〈ドローンの基地だよ〉
 後ろで鉄のドアが激しく揺れた。
 追いつかれた。
〈行くぞ!〉
 僕たちはドローンが消えた建物へ走った。
 入口を探しながら壁沿いを進む。
 わずかに光の漏れているドアがあった。
 開くかどうかなんて確認している暇はない。
 僕は取っ手を掴んだ。
 開いた。
 そのまま中へ飛び込む。
 平石も続いた。
 ドアを閉め、二人で身を伏せた。
 しばらくして、ドアスコープの向こうを黒い人影が次々と通過していった。
 警官隊だ。
 僕たちには気づいていない。
 最後の一人が通り過ぎるまで待った。
 僕はその場にへたり込んだ。
 平石も壁に背中を預けた。
 二人とも、しばらく動けなかった。
 どうやらここは、建物の裏側にある通路らしい。
 人の気配はない。
 僕は息を整えながら、天井を見上げた。
 この建物の屋上に、ドローンが消えた。
 逃げ込んだつもりだった。
 だが僕たちは、自分から敵の巣へ入ってしまったのかもしれない。

つづく

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