世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 33 元上司の誘惑

サイレント・レジスタンス 33 元上司の誘惑

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33 

研修会場の喧騒を背に、空のシャンパングラスをウェイターに返すと、立山は一つの開かれたドアへと進んだ。

僕と平石は、彼の後についていった。

会場を抜け、三人は薄暗い通路を進んだ。

それにしても、この迷宮のような通路は、どこへと続いているのだろう。

「会場に戻らなくても大丈夫なんですか?」

僕は先を行く元上司に訊いた。

立山は酔いが回ったような足取りで、得意そうに答えた。

「ああ、毎回お決まりの動画を見せられるだけだよ」

彼は何か思いついたように、急に立ち止まり振り返った。

「お前さん方、アプリで入場したのかい?」

「アプリ?」

立山は一瞬立ち止まり、スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出した。

「どのアプリだ。これかい?」

彼は画面を僕らに向けて見せた。

「そ、それです」

僕と平石は、即座に頷いた。

アプリなんて、全然知らないが、当てずっぽうに頷くしかない。

「これは使えなくなったと聞いていたが……」

立山は首を傾げ、疑問を口にした。

「まだ、使えるのかな?」

「使えました。全然、大丈夫でした」

僕は強い口調で答えた。平石も力いっぱいのスマイルで答えた。

僕と平石は、戦火を駆け抜けてここにたどり着いたのだ。

この程度の嘘は今さら何てことない。

しかし、元上司はどうしてここにいるのだろう。


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僕の知る限り、立山が上級国民であるとか特別なコネを持ってるとか、そんな話を聞いたことはない。以前の職場でも、上司との折り合いが悪い不良社員で通っていた。

とにかく、人間性が薄っぺらい。

僕と平石は、彼のプログラマー時代の自慢話に呆れるばかりだった。会社の業績は全て自分が積み上げた、とか言っていた。

でかい案件の度に、失態を繰り返し、他人のせいにしてたくせに。

立山は自慢げにスマートフォンをスーツに仕舞い、言った。

「まあ、アプリが使えなくなったら、俺のところに来い。新しいアプリを作ってるからな。もちろん、ただじゃないけどね」

「新しいアプリ? それってどんな?」

僕は少し興味を持って聞いた。

立山は、にやりと笑って答えた。

「このアプリはね、君たちのような一般市民でも上級国民のように振る舞えるんだ。リッチなレストランの予約も、特別なイベントのチケットも、すべて手に入る。ただし、しばらくはテスト段階だけどね。まあ、ベータテストに参加したいなら、特別に招待してあげてもいいけど、そのためには少しばかり……」

僕は彼の言葉を遮るように、冷たく言った。

「そのためには何が必要なんですか?」

「少しばかり、協力してもらうだけさ。僕のビジネスのためにね。成功すれば、君たちも恩恵にあずかれる」

その時、僕と平石は、彼の本質を理解した。

彼は僕たちを利用しようとしているのだ。

つづく



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