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僕たちは、再び散開し球場の屋根に向かう道を探り始めた。
平石と僕は、船橋からの指示を確認し、最短ルートを選んで進んでいった。
周囲にはゾンビの群れがうごめき、エイリアンのドローンが空から監視している。
球場の入り口に到達すると、そこには巨大なシャッターが閉ざされていた。
平石が手話で〈ここを開けるには、制御室に行くしかないぞ〉と言った。
僕は頷き、監視制御室への道を急いだ。
球場の内部に入り込むと、薄暗い通路が続いていた。
照明は断線しており、機能しなかった。足元には破壊された壁材が散乱していた。
まるで迷宮のような複雑さだった。
屈曲する通路、急な階段、そして無数の扉。
僕たちは慎重に進み、監視制御室を見つけ出した。
制御室の扉には「関係者以外立入禁止」のプレートがかかっていた。
ってか、その「関係者」ってのは全員とっくに殺されてるんじゃねえ。そんなの関係ねえ、そんなの関係ねえ。
制御室に入ると、わりと分厚いノートパソコンが目に入った。パソコンのUSBポートから壁までコードが伸びている。
僕は躊躇なくパソコンを開き、起動した。
Windowsが開き、デスクトップに見たことのないアイコンが並んでいた。
アイコンをクリックすると、操作ガイドが始まり、ガイドの手順通りにパネルを操作し始めた。
モニターに球場内の映像が映し出された。
平石が大げさに喜び、手を叩いた。まるで、おサルさんだな……。
画面は16個に分割されていて、それぞれ違う景色を映し出していた。
たぶん球場内の監視カメラの映像だ。
各所に設置されたカメラからの映像には、ゾンビたちの動きがリアルタイムで映し出されていた。
僕はその内の一つを右クリックし、拡大した。
〈見ろ、アンテナのところだ〉
と僕は画面を指差し、平石に言った。
巨大なパラボラアンテナの周囲にもゾンビが集まっている。
僕は計画を練り直す必要を感じた。どうにかしてアンテナに到達する方法はないものか。
〈ここから直行すると、ゾンビに囲まれる〉と平石が言う。〈他のルートを探そう〉
僕たちはモニターに映るルートを一つ一つ拡大しながら確認し、少し遠回りになるが、安全そうな経路を選んだ。
〈そうだ、船橋さんにも送っとこう〉
平石はスマホを取り出し、LINEでメッセージを送った。
監視制御室を出ると、静かにしかし迅速に動いた。
途中、何度かゾンビと遭遇したが、手際よく3D銃で倒して進んだ。
平石が突然振り返り、手招きした。彼はスマホを差し出した。
僕は立ち止まり、彼のスマホを手に取った。
〈役割分担。他のメンバーはゾンビを引きつけ、君たちはアンテナへ〉
船橋の指示が届いていた。〈悪いが、私はそっちへは行けない。ひどく気分が悪いんだ〉
船橋は健聴者だ。この辺りで、何か不快な音が出ている可能性大だ。
船橋にはメンバーを召集して、もう一度作戦を練るゆとりなど全然ないのだ。
僕たちは一瞬の油断も許されない状況にいた。
球場内のあちこちで、稲妻のような輝きが瞬いた。
焼け焦げた匂いがドーム内に漂ってくる。
ろうのメンバーがゾンビと戦っているのだ。
やがてパラボラアンテナの基幹部分に到達した。
アンテナの基部には複数のケーブルが接続されていた。
それがエイリアンの通信を支えている、と僕は平石に説明した。
〈まあ、俺の推測だけどさ〉
〈いや、君の言うことは正しい。で、どうする?〉
僕は20cmの太いケーブル束に目をつけ、平石に手話で〈ここを切断する〉と伝えた。
平石は頷いた。
僕たちは慎重にケーブルに接近した。
その時、背後から異様な気配を感じた。
振り返ると、二体のゾンビがこちらに向かってきていた。
二体ともブルーのシャツに紺色のスラックス。警官だ。おまわりさんだ。
〈急げ!〉平石が手話で叫んだ。
僕はナイフを取り出し、ケーブルを一気に切りかかった。
太いケーブルは硬く、なかなか切れなかった。
それでも平石がゾンビを抑えてくれている間に、ようやく一本目を切断することができた。
続けて二本目、三本目とケーブルを切断し、最後の一本に取りかかる頃には、平石も疲労が見えてきていた。
〈もう少しだ!〉僕は手話で励ましながら、最後のケーブルにナイフを突き立てた。
すると突然、アンテナ全体が激しく揺れ始めた。
まるで怒り狂った巨人が足元を地面に叩きつけているかのようだ。
僕たちは振動に耐えながら、何とかその場に踏みとどまった。
〈切断成功した!〉
僕は心の中で叫び、平石に勝利の親指サインを送った。
平石は3D銃でゾンビ2体を始末していた。
アンテナの振動が停止したことを確認し、僕たちはすぐさまその場を離れた。
しかし、僕はまだこの戦いが終わったとは到底思えなかった。
球場の外で、新たな脅威が待ち受けているかもしれない。
僕と平石は物陰に身を潜め、辺りを窺った。
次の展開は何なのだろう。
二人は恐る恐る球場の外へ出た。
外では、ゾンビたちを引きつけていたメンバーたちが立ち尽くしている姿があった。
彼らは、僕たちがアンテナを破壊する時間を稼いでくれていたのだ。
アンテナが破壊されたこともあって、ゾンビ化していた警察官や自衛官たちは路面に倒れていた。
〈急に倒れ出したんだ。バタバタと〉
ろうのメンバーが手話で教えてくれた。
が、それもつかの間だった。1分も経たないうちに、ゾンビたちは身体が痙攣したかと思うと、次々と意識を取り戻した。
身体を起こした彼らは、しばしの混乱の後、徐々に自分たちの置かれた状況を認識し始めていた。
彼らは自分たちがなぜここにいるのかを知らない。エイリアンの支配から解放されたことすら今はまだ理解できないだろう。
無秩序な騒ぎの中で彼らは、僕たちが3D銃を構えている姿が目に留まったようだった。
「なんだそれは……?」
一人の警察官が立ち上がり、僕の前へ来て銃を取り上げ、まじまじと眺めた。
「おもちゃみたいだな」
彼は失笑し、他の警察官や自衛官たちも次々と身体を起こし始めた。
体格のいい自衛官が、ろう者男性の胸倉を掴んだ。
「こんなもので俺たちを止めようとしていたのか?」
別の自衛官が銃を手に取り、3D銃のトリガーを引いた。
が、何も起こらない。輝くことさえなかった。たぶん反応する物がないからだろう。
彼らはさらに笑い声を上げた。
「これで何をしていた?」
笑い声は怒気を含むようになり叱責に変わった。
しかし、僕を始め、ろう者メンバーたちは必死に抵抗を続けていた。
〈何か言えよ、おい〉
格闘のプロである彼らに捕獲されるのは時間の問題だった。
僕と平石は路面に押し倒され、頭をアスファルトに押さえつけられた。
彼らの表情にはゾンビとは違い生気が戻り、動きも機敏だった。
リーダーである船橋は焦りを感じていた。
彼は健聴者であり、この異常事態の全貌を説明する義務を感じていた。
船橋は懸命に手話と口頭で説明しようとした。
「待ってください! 私たちは敵ではない!」
船橋はろう者を押さえ込もうとする、若い警官の肩をつかんだ。
〈君はそんなことは止めろ〉
船橋の手は容易く振りほどかれた。
「あなたたちは、数分前までエイリアンに意識を乗っ取られていたんですよ。分かりませんか」
船橋の必死の訴えにもかかわらず、警察官たちは耳を貸さず、制圧を続けた。
「少しは、聞く耳を持てよ、おい」
船橋は声を張り上げたが、その声も無駄に終わった。
手錠をかけられたメンバーが路上で苦しげにもがいていた。
こいつら、なぜ術が解けてもこういうことをやり続けるんだ?
船橋は仲間たちが捕らえられていくのを黙って見ているしかなかった。
僕も胸が張り裂けそうだった。
まだ、どうも、以前据えつけられたアイデンティティから覚醒してないような……僕はそう思った。
ろうのメンバーたちは必死に逃げ回りながら、船橋に助けを求めていた。
船橋は全力で警官にタックルした。若い警官がもんどりうって倒れた。
彼は再び警察官たちに向かって叫んだ。
「真実を知るんだ! このまま愚かさを繰り返すつもりか!」
彼の叫びが静寂の中に響き渡った。
その叫びが警察官たちに届いたのか。彼らの動きが一瞬止まった。
誰かが立っていた。
路面から顔を上げると、そこには河口凛々子が立っていた。
警官は凛々子を見上げると、立ち上がって呆然とした表情で妻の顔を見つめた。
凛々子は一瞬のためらいもなく、警官の頬を平手打ちした。
その衝撃で警官の顔が横を向いた。
彼はそのまま動かず、唇を震わせていた。
凛々子はゆっくりと手話を始めた。
〈私のこと、覚えている?〉
警官はしばらく動かなかったが、やがて目を閉じ、深呼吸してから頷き、小声で答えた。
〈そう、あなたの奥さんよ。名前を言ってみて〉
「……凛々子」と、警官の唇がかすかに動く。
凛々子はその答えに頷き、手話を続けるとともに、口話も始めた。
「そう。忘れてないのね。あなたは半年前、仕事に出かけたまま帰ってこなくなったの。ずいぶん捜したわ。あなた、悪い夢を見ていたのよ。この街は、いや世界中が宇宙人に乗っ取られようとしているの。あなたは利用されていたのよ。この人たちはそれを阻止しようとしていただけ。タキオが心配してるわ。タキオって知ってるよね。あなたの子供よ。ずっと待っているのよ。疲れたでしょう。もう家に帰りましょう」
凛々子の手話と言葉がひと通り終わると、警官の表情が崩れ、涙がこぼれ始めた。
彼は泣き出し、その場に膝をついた。
周りの他の警官や自衛官たちも次々と手を止め、膝をついて頭を抱えた。
ろう者に馬乗りになっていた自衛官が泣きながら言った。
「お、俺たちは何を……」
ろう者は、手話の分からない自衛官に対して、何も伝えることはできなかった。
路上から起き上がり、嗚咽する彼の背中を撫でてやるだけだった。
ただ、やっと……。
彼らの心が戻ってきたのが感じられた。
船橋は僕と平石の前で、大きく安堵を漏らした。
僕は凛々子に感謝の気持ちを込めて頷いた。
バスに置き去りにされてから、単独でこの球場へやってきたということか。
彼女は彼女なりに、どうしてもここへ来る理由があったのだ。
「さあ、あなたたちも、家へお帰りなさい。家族が待っているわ」
凛々子からそう言われ、囚われていた人々は、家路へと歩き始めた。
僕と平石は、その姿を見送りながら、力なく微笑みを交わした。
戦いは終わったのだろうか、まだやり残したことがあるような気がする。
しかし足がガクガクだ。もう体力が尽きたようだ。
装甲バスから船橋が手招いていた。
ろうのメンバーの姿も見える。
僕たちは寄り添うように、バスへ戻っていった。
つづく
