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夏の日差しが照りつける中、五人の少年たちはあてもなく町を歩いたが、やはり元の飯屋に戻ってきた。
突如、飯屋から騒々しい声が聞こえてきた。
松井大和が手を上げて仲間たちを止め、注意深く状況を探った。
紺色の暖簾から、声の主らしい人物の姿が伺えた。
店内には、葛西道場の若殿、合志仙蔵とその取り巻き三人がいるのが見えた。藤崎閃電の姿も見えた。
中で飲食している、三人の若者に絡んでいるようだった。
緊張感が漂う空気の中、おかみの震える声が聞こえた。
「い、いらっしゃいませ…何にいたしますか?」
仙蔵は、女将を威圧するように睨みつける。
「別に構わぬでよい。こんな汚い飯屋で食う気など無いわ」
合志仙蔵は高圧的な態度で店内を見回し、鼻で笑うように言った。
「これはこれは、大久保道場の精鋭がお揃いのようだな」
その声に、大久保道場の弟子たちは身を縮めるように固まっていた。
「同じ藩の者ゆえ、互いに知らぬ間柄ではあるまい」
「若様にお酌を差し上げるくらいの気遣いがあってもよかろう!」
合志仙蔵の家臣、藤崎閃電が、門弟たちを問い詰めた。
中でも、耳の聞こえない師弟は状況が把握できず、困惑した表情を浮かべていた。
「えっ?何を申しておられる?」
たどたどしい喋り方だった。
大久保道場の門弟は、二人のやり取りを理解できずに戸惑っていた。
合志仙蔵はその様子にイラつき、さらに挑発的な態度を取った。
「何だこやつは!この俺を侮るつもりか!」
聞こえる門弟が必死に説明を試みる。
「つい失礼を…この者は耳が悪いので、何とぞお許しを」
しかし、合志仙蔵の怒りは収まらない。
「お主らの道場では、つ◯ぼに剣を持たせとるのか。つ◯ぼだろうが何だろうが、俺は許さん!おう、お前。刀を抜けぇ。この不始末、いかに償うつもりじゃ!」
耳の聞こえない弟子は必死に謝罪の言葉を口にしようとするが、上手く発音できない。その様子を見て、合志仙蔵はさらに苛立ちを募らせる。
この光景を見かねた松井大和は、静かに店内に入った。他の四人も緊張した面持ちで後に続く。
「静かにしなよ。お殿さん」
大和の冷静な声が響く。
合志仙蔵は振り返り、暖簾から顔をのぞかせている大和たちを認識する。
「ああ、おぬしらか。まだ町におったのか。さっさと出ていかんか」
大和は冷静さを保ちつつも、内心では怒りが沸き起こっていた。
「二度とお目にかかりたくなかったけど、黙って聞いてりゃ、何遍もつ◯ぼ、つ◯ぼ言いやがって。オレ、何か腹が立つんだよ」
仙蔵は、大和の言葉に激怒した。
「口を慎め!侍の抜いた刀、容易に鞘におさまるものではないぞ」
仙蔵は、大刀を鞘からゆっくりと抜き出す。
大和は、手話で仲間たちに指示を送った。
「そういうことなら仕方がない。この騒動、ろう剣士会がお相手しましょう」
大和は、落ち着いた声で告げた。
「ろう剣士…何じゃそれは…」
仙蔵は、聞いたことのない言葉に困惑した。
「ふざけおって、死ねい!」
状況は一気に緊迫した。
藤崎閃電が刀に手をかけた瞬間、佐々剛介が素早く動き、手刀で小手を打ち、刀を叩き落とした。
松井大和は落ちた刀を拾い上げ、合志仙蔵の背後に回り込んだ。
「騒ぎ立てると、このバカ殿の首からピュッピューと血が吹き出すことになるけど。それでも構わないんですか?」
大和の声には冷たさが滲んでいた。
合志仙蔵は顔を引きつらせ、「ええぃ、手を出すな!引けぃ」と叫ぶ。
大和は冷静に交渉を進める。
「じゃあ、このまま帰りおただけますかね」
仙蔵は渋々頷いた。
しかし、大和はそこで終わらせなかった。
「ちょっと待って、何か忘れてないかい?」と問いかけ、店内の惨状を指摘する。
「見てみなよ。皿を割るやら、料理をひっくり返すやら、全部あんたがしでかしたんだぜ。おかみに弁償するのが当然だろ」
大和は、冷静に続ける。
「弁償だと!? 馬鹿も休み休みに言え」
仙蔵は、怒りをあらわにする。大和は、さらに刀を強く喉に押し付ける。
「ああっ、刃を押し当てるな!」
「馬鹿も休み休みって、何だよ」
大和は、冷たく言い返す。
「ああっ、止せ。払えば良いのだろう!」
仙蔵は、恐怖のあまり、弁償を承諾した。
「オレ、耳が悪いんだけど」
横井岳人が耳に手をかざし、わざと聞き取れないふりをする。
「払うと言うとるんじゃ、早う離さんかい」
仙蔵は焦って叫ぶ。
岳人は手話で仲間たちに伝えた。
「払うって言ってるらしい」
藤崎閃電が渋々財布から銅銭を取り出すが、岳人は首を振った。財布を指さした。
「銀にしなよ。銀貨が入ってただろ」
「人の財布ば覗いて、何ば言いよっとか」
藤崎閃電は、怒鳴りつける。
「藤崎、銀をくれてやれ」
仙蔵が情けない声で促した。
「お勘定が済んだら、さっさと帰りなよ」
大和は仙蔵の耳元で静かに告げ、ようやく手をほどいた。
仙蔵の刀を土間に放ると、仙蔵は慌ててそれを鞘に収めた。
「おのれ…覚えてろ!おぬしらはつ◯ぼの分際で」
最後まで悪態をつきながら、合志仙蔵たちは店を出ていった。
静寂が戻った店内で、五人の少年たちは互いに顔を見合わせた。
大久保道場の三人は、店の奥で心配そうにこちらを伺っている。
大和が「大丈夫ですか?」と尋ねると、三人は頷いた。
「あの、あいつの話を聞いてて、だんだん腹が立ってきて、余計なことをしてしまいました」
大和は苦笑いを浮かべた。
他の四人は顔を見合わせ〈大和は自分は健聴者なのに、耳のことをからかわれると、逆上するんだよな〉と首を傾げた。
いずれにせよ…。
あの若殿が仕返しに来る可能性は高そうだ。
この界隈を離れた方がよさそうだった。
このまま彷徨いていたら、きっとおかみにも迷惑が掛かってしまう。
夕暮れ前に店先は、再び静けさを取り戻し、五人の剣士たちはその場を後にした。
つづく
