世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

故郷へのカウントダウン エコー・オブ・アキュラ 2.夜の牛舎と“最初の信号”

故郷へのカウントダウン エコー・オブ・アキュラ 2.夜の牛舎と“最初の信号”

2.夜の牛舎と“最初の信号”

 その夜、ハルトはなかなか眠れなかった。

 昼間の子牛のことではない。
 理由は分からないのに、胸の奥がそわそわしていた。

 窓の外では、風車がきい、と小さく鳴った。
 牧場の夜は静かだ。
 町のような車の音も、誰かの話し声もない。

 ――静かすぎる。

 ハルトはベッドから起き上がった。

 時計はもう十一時を過ぎている。
 父はとっくに寝ているはずだった。

 水を飲もうとして台所へ向かったとき、
 かすかな音に気づいた。

 ……トン。

 小石が当たったような、小さな音。

 ハルトは足を止めた。
 家の中ではない。

 外だ。

 耳をすます。

 ……トン、トン。
 ……トン。

 規則的ではない。
 でも、風の音とも違う。

 ハルトは玄関のドアを少しだけ開けた。
 冷たい夜気が流れ込む。

 音は、牛舎の方から聞こえていた。

 外に出ると、星がやけに多かった。
 オレゴンの夜空は暗い。
 だから星ははっきり見えるはずなのに、
 今夜は、どこか落ち着かない光り方をしている気がした。

 ハルトは懐中電灯を手に取り、牛舎へ向かった。

 干し草の匂いが近づく。
 牛たちは眠っているはずだった。

 だが、牛舎の前で足が止まった。

 中が、静かすぎる。

 いつもは、寝返りを打つ音や、鼻を鳴らす音がする。
 今夜は何も聞こえない。

 ハルトはそっと扉を開けた。

 ぎぃ、と古い蝶番が鳴る。

 光を向けた瞬間、思わず息を呑んだ。

 牛たちが――起きていた。

 全頭が立ったまま、同じ方向を見ている。

 鳴かない。
 動かない。
 ただ、じっと壁際を見つめている。

「……どうしたんだよ」

 ハルトの声は、思ったより小さくなった。

 そのときだった。

 ――カチ。

 乾いた音がした。

 壁際の作業机。
 そこに置いてある古い無線機のランプが、淡く点いた。

「え……?」

 この無線機は、もう使っていない。
 父が昔、トラック用に使っていたもので、今は電源も抜いてある。

 それなのに。

 ランプが、もう一度点滅した。

 ……カチ。
 ……カチ、カチ。

 ノイズが走る。

 ザー……という雑音ではない。
 短い断続音だった。

 ハルトは近づいた。
 怖いはずなのに、耳を離せなかった。

 音は続く。

……カチ。
……トン、トン。
……トン。

規則的ではない。
なのに、でたらめでもなかった。

ハルトは眉をひそめた。
音を聞いているはずなのに、音として頭に入ってこない。

代わりに――
「間」が気になった。

次に来るはずの“空白”を、体が待っている。

気づいたときには、指が動いていた。

机を、軽く叩いた。

……トン。

叩いた瞬間、無線の音が止まった。

ハルトは息を止めた。

何かしてしまった、と思った。

そして。

……トン、トン。
……トン。

返ってきた。

ハルトの背中に冷たいものが走った。

理由は分からない。
けれど、はっきりしていることが一つあった。

――これは音じゃない。

「……返事、してる」

 しかも言葉じゃない。

 ハルトは気づいた。

 ただの繰り返しじゃない。何かある。

 

つづく

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