12
タント・ピエールは、アラアラ島に取り残されてしまいました。
空はどんよりと曇り、風12が強く吹き始めていた。嵐が近づいているのを肌で感じます。
海は荒れ始め、大きな波が立ち、港の小船が揺れる様子が遠くに見えました。
タントはしばらくその場に立ち尽くしていたが、船団が遠ざかっていくのを見て、切なさで胸が締め付けられそうです。
「どうしよう…」
口元から自然と言葉が漏れたが、自分の声が聞こえないことに、今さらながら気づきました。
タントは耳を押さえます。
風の音も、波の音も、何も聞こえない。
ただ静寂だけが支配していました。
「嵐に翻弄されてばかりだ…」
何かが壊れたような感覚に襲われたが、考える暇はありません。
空はますます暗くなり、風が強まり、雷光が一瞬海を照らしました。
恐怖に震える中、タントはふと気づきました。
耳が聞こえなくなったはずなのに、どこからか声が心に響いてきます。
…タント、怖がらなくていいのよ…
その声はまるで自分の中から湧き上がるようでした。
驚きながらも、タントはその言葉に導かれるように一歩を踏み出しました。
風が吹き荒れる中、嵐は次第に激しさを増していきます。
波が足元に押し寄せ、冷たい水がタントの靴を濡らしています。
それでも、声は繰り返し彼を励まし続けました。
…大丈夫、あなたは一人じゃないわ…
その声は、ただの幻聴ではないとタントは直感で分かりました。
女の人の声…。
見えない何かが自分を守っている、そう感じました。
タントは荒れ狂う海辺を進み続けました。
滑る足元に気を付けながらも、進むたびに不安は少しずつ薄れていきました。
声が言葉をくれるたびに、タントの心は不思議な安心感で満たされていきました。
嵐は猛威を振るい、激しい雨と風がタントを襲いました。
波は海岸線を侵食し、島全体が水没の危機に瀕していました。
…タント、右に進みなさい!
女性の声が、明瞭に心の中で響きます。
タントは躊躇なくその指示に従い、右に身を翻しました。
その瞬間、彼の背後に巨大な波が襲来し、彼がいた場所を呑み込みました。
もし声に従わなければ、命を落としていたことでしょう。
…気をつけて!
再び声が警告します。
タントは、崩れそうな建物や倒れかけた椰子の木を避けながら、声の導きに従って島を縫うように移動しました。
時には跪き、時には這うように、水没を免れる道を選んでいきます。
波しぶきが顔を叩き、風が体を押し返そうとするも、タントは揺るぎない決意で前進し続けました。
声は常に彼の側にあり、次に取るべき行動を静かに、しかし断固として告げていきます。
この瞬間、タントは自分が完全に導かれていることを感じていました。
耳は聞こえなくとも、この神秘的な声が彼の命綱となっていたのです。
嵐がようやく過ぎ去った時、タントは地面に横たわっていました。疲労困ぱいでした。
気がつくと、何かがタントの顔をペロペロと舐めています。
一頭の牛が側へやってきて、タントを起こしているのです。
タントはゆっくりと起き上がりました。
近くには牛や馬の姿が何頭も見えます。
犬の姿だって見かけます。
彼らは何とか嵐から生還したのです。
タント・ピエールは、安堵のためいきを漏らしました。

耳は聞こえないが、生きていることに感謝せずにはいられません。
周囲を見渡すと、島の景色はすっかり変わり果てていました。
壊れた家々、倒れた木々…嵐の爪痕が至るところに残されています。
だが、タントの体には傷一つありませんでした。
嵐が完全に収まり、空は徐々に晴れ始めました。
遠くの水平線上に、かすかに船の影が見え始めます。
最初は小さな点のように見えた船影は、次第に大きくなり、港に近づいてきました。
人々が乗った船団が、一列に並んで戻ってきたのです。
波に揉まれながらも、島民たちは帰ってきました。
波が凪いだ穏やかな海をしなやかに進む船。
船の上では、島に帰還した人々が互いに語り合い、不安と安堵が入り混じった表情を浮かべています。
港に着くと、船から次々と人々が降り立ち、地面を踏みしめます。
抱き合う家族、再会を喜ぶ友人たちの姿。
嵐の後の静けさの中に、生きて帰ってこられた喜びが満ちあふれていました。
その光景を、タントは島のどこかで、ただ黙って見つめていました。
聞こえない耳で、しかし心の奥では、彼らの喜びを感じ取っているようでした。
しばらくして、島の人々が救助に駆けつけ、ふらふらと牛の傍らを歩いているタントを見つけました。
彼らは言葉を交わしているようだったが、タントには何も聞こえません。
ただ、彼らの表情と言葉を読み取ることで、タントは自分が生き延びたことの喜びを感じ取っていました。
島の復興が始まる中、タントは聞こえが戻らないまま、新しい日々を歩み出しました。
しかし、あの嵐の夜に感じた声…それが今でも胸の奥に響いています。
…あなたにはまだやるべきことがあるわ…
タントはその声を何度も反芻しながら、確かな決意を胸に抱いて空を見上げました。
声の主はきっと妻だ。
彼は母国へ帰る決心しました。
つづく
最後までお読み頂きありがとうございます。この作品はランキングに参加しています。よろしければクリックをお願いします。

Follow @hayarin225240

