第33話 暗闇の銃声
どれくらい気を失っていたのだろう。
ケンジは床に手をつき、朦朧としながら身体を起こした。
後頭部がズキズキと痛む。
何が起きた。
誰かに殴られた。
そこまでは覚えている。
とにかく、考えるより動かなければ。
ろくに考えられる状態ではないのだから。
……で、何をすればいいんだ。
「クソ、暗いな……」
停電はまだ続いていた。
ケンジは壁に手をつき、ふらつきながら廊下を歩いた。
気がつくと、廊下の突き当たりまで来ていた。
その時だった。
銃声が響いた。
続けて、もう一発。
ケンジは我に返った。
二階だ。
「所長……」
オットーはどうなった。
嫌な予感がした。
ケンジは階段へ向かった。
足元が定まらない。
手すりにつかまり、転びそうになりながら階段を上る。
そして踊り場で、足が止まった。
人が倒れている。
仰向けだった。
暗闇に目が慣れてくるにつれ、その周囲に広がっているものが見えた。
血だ。
水溜まりのような血が、男の身体を取り囲んでいる。
「オットー所長!」
ケンジは叫んだ。
駆け寄り、膝をついた。
呼吸をしていない。
目を大きく見開いていた。
何が起きたのか理解できないまま、強引に生をもぎ取られたような顔だった。
ケンジは嗚咽した。
吐き気がこみ上げてきた。
だが、その顔を見ているうちに、何かがおかしいことに気づいた。
「……違う」
オットーではない。
見覚えのある男だった。
どこで見た?
思い出せない。
頭が痛い。
アルコールの匂いが鼻を突いた。
踊り場の隅に、金属製のウイスキー瓶が転がっていた。
こぼれた酒が血と混じり、階段を伝って流れている。
何なんだ、これは。
悪夢でも見ているのか。
その時、二階の奥から声が聞こえた。
「ケンジ!」
リプリーの声だった。
「こっちだ!」
ケンジは立ち上がった。
ふらつきながら階段を上る。
二階の廊下の突き当たりで、一つのドアが開いていた。
中にリプリーがいた。
そして、その隣に――。
「所長!」
オットーだった。
リプリーに肩を借りて立っている。
「所長、大丈夫ですか?」
「私は生きているよ、研究助手」
オットーは弱々しく笑った。
ケンジはその場にへたり込みそうになった。
リプリーが言った。
「銃殺死体に出くわした純朴な青年が、どういう反応を示すか、大変参考になったよ」
「……」
「ボケーッとしてないで、ブレーカーを探したらどうだ」
ケンジは泣き腫らした目でリプリーを見た。
「あの男……僕は知っている」
「そうか」
「でも、思い出せない。どうしてあの男がここで倒れているんだ。あの男は誰なんだ、刑事さん」
「落ち着け。お前さんは頭を殴られてるんだ」
リプリーが撃ったのか?
ケンジは彼の顔を見た。
「しっかりしろ、ケンジ」
オットーが言った。
「所長……パルチノンですか」
オットーは答えなかった。
だが、その沈黙だけで十分だった。
チェインバーグの森で、異常に成長したハエが見つかった。
オットーは、かつてパルチノンの廃棄物問題に関わった数少ない人間だ。
そして今、再び動き始めた。
ならば――。
「いよいよ、来るべき時が来たようだね、リプリー」
オットーが静かに言った。
「ああ」
リプリーは頷いた。
「署長には告発状を渡した」
それから、階段の方へ目をやった。
「下で死んでいる男は、アーノルド・トレーシーっていう」
ケンジは顔を上げた。
「トレーシー……」
その名前を聞いて、記憶が少しずつ戻ってきた。
チェインバーグ。
リンダのアパート。
階段の下で、リンダに媚びるように話しかけていた男。
「あいつか……」
「あいつはパルチノンで働いている。殺人歴もある」
オットーがリプリーを見た。
「知っているのか、リプリー」
「知っているも何もない」
リプリーは言った。
「あんたの弟さんの殺人容疑で、俺はあいつを聴取したことがあるんだ」
つづく
