世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 32 華やかな祝宴

サイレント・レジスタンス 32 華やかな祝宴

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32 

通路を進むと、人々のざわめきが耳に届いた。

アナウンスではない、生の声だ。

〈また何か音がしてるな〉

僕は耳を澄ませ、平石に注意を促した。

ドアの向こうは明るく、高い天井が印象的な、広々としたホールが広がっていた。

そこでは華やかなパーティが催されており、スーツやドレスに身を包んだ人々が賑わっていた。

壁や柱にはシャンデリアや間接照明が飾られ、豪華絢爛な雰囲気に満ちていた。

……『研修』って言ってたけど、これは豪華すぎるな。

僕は心の中でつぶやいた。

ホールの奥に設けられたステージでは、大型ディスプレイに映し出されたタキシード姿の男がスピーチをしていた。

僕と平石はドアの陰に隠れ、アプリで彼の言葉を読み取った。

「私たちとパートナーの皆さんは、数年以内に日本はおろか、地球の他の地域も統治し、全文明を先導していくことになるでしょう……」

ホールの人々はスピーチに熱心に耳を傾け、僕たちの存在には気づいていない様子だった。

二人は3Dマシンガンをリュックにしまい込み、人混みに紛れて忍び足で進んだ。

スピーチは続いていた。

「これは双方にメリットがあります。私たちにも、選ばれし皆さんにとっても……」と男は力強く語った。

聴衆は熱狂的に拍手を送り、喝采がホールに響き渡った。

僕と平石は、目立たない場所を探しながら、ゆっくりとホールを横切った。

スピーチは再び始まった。

「そして今、皆さんに嬉しい報告があります。私たちの目標は達成されました。この地球は、苦楽を共にしたパートナーのものです。利益は皆さんに還元されます。皆さんのご貢献は計り知れません……」

再び拍手が起こった。やたらと喝采を好む人々の集まりのようだった。

参加者は、僕の観察では、全員が生身の人間だ。

エイリアンのような特徴は見当たらない。

ただ、彼らがウイルスに感染しているかどうかは分からない。

彼らの和やかな様子からは、この地区で起こった殺傷沙汰を知らないか、知っていても無関心な人々のようだ。

スピーチをしていた男は、声を落とし、トーンを変えて話し出した。

「私たちは反乱者を容赦なく鎮圧し、首謀者を捕らえ、基地を破壊しました……」

この男……何かがおかしい。

食い入るように、僕のスマホを見ていた平石が顔を上げた。

〈何が?〉

〈よく見てみろよ〉

僕はディスプレイを指さした。

「この地区にはもう脅威はありません……」

タキシードは得意満面で演説を続けていた。


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僕たちの近くで酒を飲んでいた厚化粧の女性が歓声を上げた。嬉しそうに笑いながらさらにグラスの酒を飲み続けた。

平石は僕を見て、〈ここにいるのはただの人間だ〉と言った。

〈いや、あの男は何か違う〉と僕はもう一度、ディスプレイの男を指さした。

男の表情は華やかだがどこか不自然で、顔を動かすたびに像が歪む。AIが生成したかのように見えた。

男はさらに続けた。

「私たちが開発したウイルスは、公人たちに正義と優雅さ、慈悲をもたらしました……」

壊滅させられたのは、船橋が率いるレジスタンスに違いない。

そう考えると、憎しみが湧いてきた。

平石も険しい顔になり、ディスプレイの男を睨んだ。

どこからか陽気な声がした。

「奇遇だな、お前も呼ばれていたのか?」

振り返ると、タキシード姿の若い男が親しげに微笑みながら話しかけてきた。

「再会を祝して」と男はグラスのシャンパンを一気に飲んだ。

男は平石を一瞥し、眉をひそめて近づいてきた。

「おー、新しい彼氏かい? 早速キスは済ませたのかな?」

その顔には見覚えがあった。だが、すぐには思い出せなかった。

「研修会場へようこそ。どこまで見た?あちこち案内してやろうか」

男は僕たちを手招きし、歩き始めた。

僕はようやく彼のことを思い出した。

倒産した会社のプログラマーの上司、立山だ。

耳が不自由な新人の面倒を見ず、嫌味ばかり言っていた男だった。

髪を後ろに撫でつけ、タキシードを着ていたから気づかなかったが、こんな場所にいたとは。

〈こいつ、前の会社の上司だ〉

僕は平石に手話で伝えた。平石は顔をしかめた。

〈あの、最低な奴かい?〉

僕は頷いた。

立山は僕らを振り返り、「何か言ったか?」と尋ねた。

「いえ、何も」と僕は答えた。

立山は得意げに笑い「よし、これを飲んだらビル内を案内しよう」と言い、シャンパンを飲み干した。

僕の肩に手を置き、不快なくらい肩を揉んだ。酔っているのだ。

立山は急に声を潜めた。

「全然話さないね、彼」

僕は元上司に言った。「彼も聞こえないんですよ」

「あちゃー、そうか。ソーリー、ソーリー」

立山は肩から手を離し、顎をしゃくった後、歩き出した。

主従関係があった頃によく見た『ついて来い』というジェスチャーだった。

つづく



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