世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

時の彼方で 17.拉致

時の彼方で 17.拉致

17

弓削神社の境内は静寂に包まれていた。

木々の間から差し込む月明かりが、石畳を淡く照らしている。

大黒静香は、神社の奥にある祠の前で手を合わせ、心の中で祈りを捧げていた。

「わたくしの身の上はどうなりましても、春信様のご無事をお願い申し上げまする。あの若者らも元の世に戻らんことをお願い申しあげます」

静香の声はかすかに震えていた。

彼女の祈りは、夜の静寂に吸い込まれていった。

その時、背後から低い声が響いた。

「その望み、我らが叶えて差し上げよう」

静香は驚いて振り返った。

そこには、異国の装束をまとった男が立っていた。

彼の目は冷たく光り、静香を見据えていた。

「あなたは…どなたですか?」

静香は恐る恐る尋ねた。

「我が名はバルボア。天主の使いとして、おぬしの願いを叶えるために参上した」

バルボアの声には、不思議な力が込められていた。

静香はその声に引き込まれていくようだった。

バルボアは静香に近づき、手を差し出した。

静香は一瞬ためらったが、彼の目に宿る確信に満ちた光に引かれ、その手を取った。

その瞬間、静香の視界がぼやけ、意識が遠のいていった。

バルボアの妖術が彼女を包み込み、静香は無意識のまま彼に従っていった。

一方、神社の影からその様子を見守っていた猿渡飛雄は、事態の異常さに気づいていた。

一旦引き返すべきかな。いや、見失うのはマズイだろ…。

飛雄は慎重に動き、バルボアと静香の後を追った。

彼は姿を現さず、距離を保ちながら二人の動きを見守っていた。

バルボアは静香を連れて、神社の裏手にある森の中へと進んでいった。

飛雄はその後を追いながら、仲間たちに知らせる方法を考えていた。

森の中は暗く、足元の枝葉が足を絡めた。

音を立ててしまったかもしれない…。

飛雄は足に何かが触れる度に身を潜めた。

バルボアの妖術により、静香は完全に操られているようだった。

やがて、バルボアは静香を連れて小さな開けた場所にたどり着いた。

そこには二人の異国人と二人の侍が待ち構えていた。

侍は葛西源生と藤崎閃電だった。外国人の体格の良い方がドン・パルマ。小柄な方がモンテロだった。

彼らはバルボアを労い、呆然として身動きが取れずにいる静香を囲むように立ち並んだ。

バルボアに代わり、ドン・パルマが両手を組み合わせて呪文を唱え出した。

静香の身体が、わずかに宙に浮いたように見えた。

飛雄はその様子を見て、静香を救うための策を練ったが、どう考えても単独での救出は無理だった。

今は帯刀していない。

大黒屋の屋敷から丸腰で来てしまったからだ。

考えあぐねているうち、静香は葛西に手を引かれ、歩き出した。

まるで夢遊病者のようだった。

飛雄は静かにその場を離れ、後を追った。

せめて行く先を確かめるまでは、追跡を続けよう。

仲間たちの元へ戻るのは、それからだ。

 

つづく

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