世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

時の彼方で 16.闇議

時の彼方で 16.闇議

16

大黒屋の広間には、五人の少年たちが集まっていた。

松井大和は、静かに茶を啜りながら、周囲の様子を観察していた。

狩野陽向が突然立ち上がり、驚いた表情で手話で言った。

〈あれ!? お嬢さんが…〉

松井大和は眉をひそめて、狩野に問いかけた。

〈どうした?〉

狩野は焦った様子で答えた。

〈お嬢さんが出て行ったよ〉

その言葉に、佐々剛介も驚きの声を上げた。

〈静香さんが?!〉

大黒屋の主人は、四人の手話は分からなかったが、何となく見当をつけて説明した。

「ああ、静香ですか?静香は願掛けに出かけていったのでは」

横井岳人は不安そうに尋ねた。

「願掛けですか?!いや、何で?」

主人は静かに答えた。

「武蔵春信様のためのようです」

松井大和は深く考え込むように頷いた。

「そうですか…やはり武蔵さんお身体が悪いんですか…時々身体がふらついているようですし」

大黒屋の主人は驚いた表情で大和を見つめた。

「ご客人。ご存知でしたか?!」

大和は静かに答えた。

「武蔵さんの笛の音は、最初はお上手だった。でも途中から妙に乱れた感じがありました。そこの縁側でコケそうになった時も、ふらついて足元の覚束ない感じだった」

主人は深く頭を下げた。

「恐れ入りました。お察しの通りでございます。武蔵様はそのために、身を引こうと考えておられます。大久保道場の師範代を大久保真丸様に譲ろうと、厳しい稽古をつけておるそうです。ところが…お嬢様の史恵さんも門弟の皆さんも、武蔵さんが真丸様を痛ぶっていると思い込んでおるとか…しかし武蔵さんは一言も弁解なさらぬのです」

松井大和は深く息をついた。

「そうでしたか…それで武蔵さんの病気の回復の見込みは?」

主人は首を振った。

「さぁ…そればかりは何とも…何の病かも分からないそうです」

大和は静かに祈るように言った。

「静香さんの願掛けが通じると良いですね」

主人は微笑んで答えた。

「はい。あッ、お茶をもう一ついかがですか?」

主人は広間を出ていった。

その時、横井岳人が立ち上がった。

佐々剛介は問いかけた。

〈岳人、どこ行くんだよ?〉

岳人は焦った様子で答えた。

〈静香さんのことが気になって〉

松井大和が驚いた表情で問い返した。

〈何だよ、気になるって?〉

岳人は真剣な表情で答えた。

〈誰かに連れて行かれたような気がするんだ〉

大和は首を振った。

〈俺は誰も見なかったぞ〉

岳人は苛立ちを隠せずに言った。

〈大和はずっと喋ってたじゃん。分からなかったんだよ〉

その時、狩野陽向と佐々剛介が同時に縁下を覗いた。

〈おい、飛雄がいないぞ。さっきまでそこにいたのに…〉

岳人は驚きの表情で言った。

〈あいつ、まさか…〉

猿渡飛雄のスニーカーを探したが、見つからなかった。

〈静香さんの後を追った?〉

大黒屋の広間には緊張が走った。

四人の少年たちは静香と飛雄の行方を追うべきかどうか逡巡した。

しかし、静香が出ていって、だいぶ時間が経ったような気がする。

彼らの心には、不安と決意が交錯していた。

 

つづく

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